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未来科学の平行世界 第4章 大中華合衆国への道 その⑦ 

 日本の官邸にある緊急対策本部では、安堵のため息が漏れていた。
 そして、何んにもできなかったことへの深い失望感で覆い尽くされていた。

 その顛末はおおむね想定通りであり、筋書きに大きな狂いはなかったようだ。そう、すべては米国大統領とのホットラインにおいて確認済みのことであった。
 とはいえ、もしわずかな手違いがあって、核ミサイルが日本の国土に着弾するようなことがあったなら、千万人クラスの死が引き起こされることは予想されていたのである。
 しかし、そのことについて、日本の政府は何もすることができなかったのである。
 自分たちは、政治家でありながら、ただ座って祈ることしかできなかった・・・。
 その現実は、彼らにして相当なダメージを与えていたのである。

 それに加えて日本の指導層は、主なる戦いの相手が中国ではなかったということを自覚せざるを得なかった・・・。
 それは、国内にある根強い左翼思想であり、社会主義的なる考え方、そしてそれに基づいて政治行動をする一群の日本人の存在だった。
 それは、大きな政府を中心に据えた国民総公務員化を理想とする集団であり、非武装平和論をとなえる唯物論信者と一体をなしていた。

 彼らの主張とはすなわち・・・、

「戦争をして命を失なってしまうぐらいなら、白旗をあげて降参し、命乞いをしてでも生き延びる道を選択しなければならない」

「日本の国など無くなっても一向にかまわない。伝統的なる日本の歴史が中国の属国となることで潰えてしまっても、自分の生命が温存できるのならそれでもいっこうにかまわない」

「地上で死なずに生き残ること以上に守るべき価値などあるはずがない。もし、そんなものがあるなんて言うやつがいるなら、そいつは間接的に我々の命を奪う危険因子になる。だから、力で押さえつけてでも、きゃつらの意見を引っ込ませなければならないし、大人しくして、発言できないようにしなければならないのである!」

 というような考え方を標榜する勢力である。

 すなわち、
「この世の生命の危機さえ回避できればそれで良いのだ! 死なないこと。それこそが目標とすべき最小不幸社会の実現であって、そんな世界を現実にプロモートしてゆくことこそが政治の仕事なのである」

 そのような考えは、思想的には唯物論であることは間違いない。
 地上生命の温存、すなわち五欲の満足と肉体的生存こそが至上の価値であり、それを超える価値の存在を認めない。そういった人々の集合想念・・・。

 肉体として生き、うまいものを食い、快楽の中を快適に平和に生きる・・・。
 それが人間の幸せだと考えているのである。
 
 しかし、それがすべてではない。
 完全に間違っているとは言えないが、本来の人間の思いはそんなところでとどまるものものではないのである。

 動物として生存する以上の価値を、自らの人生の中に求める。
 動物的生存以上の価値を求めるからこそ、人間としての人生が輝きを増すのである。
 そのようは、形而上の目的や使命があるからこそ、動物的な生命の生存が重みを持ち、大切に生きてゆきたいと願うのである。
 だからこそ、安易に死ぬことが惜しくなり、自分に与えられた生命を大切にしてゆきたいと願うのである。
 しかし、その前提としての価値が否定され、無きものとされようとする場合にあっては、この地上生命と引き換えにしても・・・、そう仮に自分の肉体生命を失うことになっても・・・守るべき価値を守ろうとするのである。

 そう、命よりも大切な、”人”としての尊厳がある。
 命を捨てても守らなければならない価値があり、仲間があり、集団があり、国があって、歴史がある。
 自分の命を尽くしても守らねばならぬ神の正義があり、神の理想がある。
 それが信仰という二文字に込められた、重大な意味なのである。

 それは、希望に向けての自由を求めるものである、夢に向けての自由を求めるものだし、神に向けての自由という意味でもある。
 その”自由”を守ることこそが、人間として真なる幸福への道なのだ。

 神によって同じく創られた、人間としての平等。
 そして、真に人として歩んでゆく自由・・・。
 その結果、到達し得た心の境地の高下によってはかられる、死んだのちにも存続する”永遠の生命”が、神へと進化してゆく度合い・・・。

 人間が動物的人間を超えるための条件。

 物質や物欲を超えた価値観。

 目に見えず手で触れられない、それゆえに、信じて受け入れる以外にない形而上的なる価値。それは、物理的に直接証明が不可能であるがゆえに、感じ、推定し、確信するしかない概念によってつくられた世界。
 直感し、直覚し、素直に信じ、素直に受け入れ、その価値に殉じてゆく・・・。

 それゆえに、人間は人間であることが許されているのである。

 だからこそ、人間が、万物の霊長として、他の動物から別格扱いされるのである。

 それを信じ、それを念じて、その理想をこの世の中に押し通してゆこうとする時に、地上世界の変革が最大の力をもって立ち上がってくるのである。
 その力は、唯物論を滅ぼすもの。
 その力は、人間をして真実に目覚めさせるもの。
 目に見えない価値観を知り、それを守り、その内容を実践することで、真に幸福な世界を創らんとする方向へと人々が導いてゆく・・・。

 愛こそが、神の願い。愛こそが、神の奇跡。
 愛に基づく寛容なる心で、各人の違いを認め、その違いをより高度なる価値観のもとへ集結し、統合し、止揚させ、新たなる幸福として解き放ってゆく・・・。

「命に変えても守り抜かなければならない価値がある!」
「愛するがゆえに、為さねばならぬことがあり、それを何としても断行する!」

 この簡単なことに、多くの日本人を目覚めさせたのである。

 核ミサイルによる世界滅亡の危機は、その後の国際政治をも大きく変えていった。
 日本にあっても、実効的な軍事的防衛力を構築するための大きな推進力となり、それを支える思想的基盤ともなっていった。
 そして、日米同盟に基づいて、北と南の守りとして、潜水艦発射型弾道核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を、日本政府の国権たる指揮命令系統によって100%自主的に運用できるような形で配備することにも成功した。
 対外戦略において、国家への不満を外に向けること、特に日本に向けることで国内の安定化の原理としていた習近平中国共産党政権は、日本の国のこのような変化によって深刻なる打撃を受け、乱立していた武装独立都市に大きな状況変化を生み出されていったのである。

 変革の力は、中国国内への内部改革へと一気に噴き出してゆくことになった。

 香港の独立に始まった中国各省の分離独立運動。

 共産党一党支配の中核たる北京政府の瓦解。

 習近平の捕縛。

 そして、大中華合衆国としての再統合へと、時代が大きく揺れ動いていったのである。

 安倍首相は、そのすべての過程を振り返りながら、心の底から納得していた。
 そう、すべては、国内問題でしかなかったのだ・・・と。
 国民全体の、心の問題でしかなかったのだなと・・・。

 自らの心を変えることが世界を変える!

 それが、普遍的な真理であることを、心の底から感得していたのである。

 そして世界は、新時代へと大きく船出していったのである。
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未来科学の平行世界 第4章 大中華合衆国への道 その⑥

 破滅の矢である大陸間弾道核ミサイルは、習近平の怨念と執念を具現化して、全世界へ向けて放たれた。

 小ぶりのミサイルは、日本やロシアなどアジアの近隣諸国へ向けて、大型ミサイルは遥かアメリカ大陸や欧州へとその軌道をすえて、どんどん上空へと飛翔していった。
 迎撃をしようにも、それはあまりにも唐突なる発射であり、各国の迎撃能力を超える数と速度で、すでにその多くは宇宙空間を目指していた。もはや止めるすべなど無いのだ。

 全世界のメディアは、その発射を速報で報じた。
 瞬く間に、全世界に驚愕と絶望が広がった。

 人の影もない砂漠の地下深くから放たれた数多くのミサイル・・・。
 それが、小さな小さな点として、しかし全世界に向けた死の火花のごとく、そのすべての軌跡がとらえらていた。

 その航路を予測し、着弾するであろう当該の国の中で、あわただしく警報が発される。
 日本においては、首相官邸に閣僚大臣が緊急収集され、緊急対策本部が立ち上げられていた。自衛隊に迎撃、撃墜指令が発せられはしたけれども、それ以降は完全に沈黙状態に入ってしまった。
 情報が与えられていないメディアは、勝手なことを報道し、勝手に興奮し、ただ喚き散らすのみとなってしまった。
 専門家と称する軍事評論家は、様々な知識を深く知っているがゆえに、絶望的な予測を述べたてていた。 

 核ミサイルの迎撃防衛システムには、いくつかの問題が指摘されていた。
 それは、すでに目標へ向けて降下態勢に入った核ミサイルを、上空で本当に迎撃できるのか?ということであった。それについては、彼らの中でも意見が割れているのだ。
 特に、「そのミサイルがどこを標的としているかを予測した上で、確実に核弾頭を木っ端微塵に粉砕することができるかどうか?」については、その軌道の確定と、その迎撃のためにきちんと射程内におさめることができる場所にミサイルが配備されていなければならないこと、さらに確実にヒットさせるために高精度のミサイル制御技術などが不可欠となるゆえに、相当の困難さが指摘されていたのである。
 それゆえに、短時間内における同時攻撃に対しては、全弾破壊はほぼ不可能。
 政府にあっては、すでに多くの迎撃用PAC‐3ミサイルを配備していたとはいえ、それは主として北朝鮮からの攻撃を想定して構築されたものであり、中国大陸からの攻撃、特に辺境にあるゴビ砂漠からの中長距離弾道核ミサイルに対する迎撃など、まったくの想定外であり、伏兵からの奇襲に相当するものだった。
 PAC‐3の射程距離は、せいぜい20~30キロメートル。そして、迎撃を確実にするためには、1発の弾道ミサイルに対して、数発の迎撃ミサイルを撃ち込むことが必須と考えられていた。ならば、日本の国土、特に主要都市を防衛するためには、千数百発ぐらいのミサイルをハリネズミのように実効配備しておくことが必要だったのだ。しかし、実際にはその十分の一にも満たない数のミサイルが、それも全国に分散して配備されているに過ぎなかったのである。

 それでは、首都すら護れない。
 もはや命運は尽きていた。

 それが、この時点における、日本政府に与えられた結論だったのである。

 おそらくは、この国はいったん滅びる・・・。
 誰もがそのように思った。
 その現実が、すぐ目前に迫っていた。
 地上は大混乱に陥っていた。

 その時、予期せぬ事態が起きたのである。

 弾道ミサイルは、いったんロケットのように宇宙空間に到るまで上昇し、無重力空間を慣性飛行によって直進。その後、弾道を地上へ向けて変更し、自由落下によって目的地へ到達し、核爆発を起こすように設計されている。
 そのミサイルが上昇し、宇宙空間に到らんとするまさにその時、宇宙空間に何らかの爆発現象が観測されたのである。

 いったい何がおきたのか?

 それは、静止衛星として配備されていた人工衛星のひとつが、核ミサイルの接近を感知し、爆発、消滅したのだった。

 その爆発は、音の無い静止空間に、猛烈な光が輝いたようでもあった。
 その静止衛星は、位置をほぼ固定したまま、燃え尽きるように光り輝き消滅した・・・。
 それは、アメリカが最新宇宙空間防衛ラインとして開発していた、対弾道ミサイル用超磁力核機雷だったのである。

 高層大気圏での核爆発にあっては、大気が非常に希薄であるゆえにエネルギーが爆風の衝撃波として解放されることは無い。 それゆえに、核爆発のエネルギーは、そのほとんどが電離放射線として変換され、その効果が周囲に大きな影響を与えてゆくことになる。
 核爆発により発生した放射線は、大気層にある希薄な空気分子に衝突する。そしてそこから電子を叩き出してゆくのである。その電子は、地球磁場によって生じている磁力線に沿って螺旋状に跳んでゆく。その結果、電子の流れは強力な電磁パルスを発生させるのである。
 この電磁パルスの影響範囲は、水平距離で千キロメートルにまで達する。それゆえに、その近隣を飛行する弾道ミサイルの電子機器は、強力な電磁シールドを施してあってさえ、破壊し尽くされてしまうのだ。
 そんな核機雷による電磁的大爆発の影響によって、習近平の放った殺戮の矢は、その中枢、時限起爆コントロールが瞬時に破壊されてしまったのである。

 核ミサイルは、上昇しきった後は地球の引力に捕えられ、自由落下の軌跡を描きつつ、目標に到達し起爆する。ただし、核兵器は単に落下し地上にぶつかったくらいの衝撃では起爆できないのだ。
 核爆発は、電子的にコントロールされた誘導爆発の力によって核物質が圧縮され、超高圧で熱せられ、核分裂に次ぐ核分裂の連鎖反応と、その超高熱状態による核融合が引き起こされることによって水爆級の大きなエネルギー放出が生み出されてくるのである。
 現在の核弾頭は、そのように計算され設計された超ハイテク機器である。
 この核弾頭の電子的制御システムが、超強力な磁気パルスによって完全破壊されたのである。
 すなわち、核爆弾が不発弾化されたのだ。

 ハイテク核ミサイルは、もはや核爆発を誘導することができないまま、鉄の砲弾と化して地上へ激突し、放射性の有害ゴミとしてバラバラに砕け散るしかなくなってしまったのだった。

 しかしながら、宇宙空間における核機雷の爆発は、地上の電子機器への影響も深刻で、情報通信を不能とし、航空管制や経済活動にまで多大なる影響を及ぼした。
 また、各国の軍隊のイージスシステムも一時的なシステムダウンに陥り、先進諸国の防衛機能も消滅した。
 電子機器に支えられた現代の科学文明が、一瞬その機能を停止せざるを得ない状況に陥った。

 しかし、そのような被害との代償として、数千万人をも一瞬にして消滅させるだけの火力をもった兵器が、完全に無効化されてしまったのである。
 その利益は、すべてを天秤にかけても余りあるものだったといえるだろう。

 核ミサイルの中には、地上へと帰還する道から逸脱し、さらに大気圏外へと押し出され、無限の宇宙空間へと放たれていったものも確認された。
 遥か宇宙空間へ飛んで行ってくれれば、地上への汚染も皆無であり、直接被害は全く無い。
 宇宙への廃棄は、理想的なる偶然の発動・・・、であったかのように思われた。
 しかし、このことが、未来の人類に新たな脅威をもたらすことになろうとは、その時点におけるすべての地球人は、まったく知る由もなかったのだった。

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未来科学の平行世界 第4章 大中華合衆国への道 その⑤

 これが、革命の始まりの物語である。

 その後の展開を、簡単にではあるが記しておきたい。

 譚本宏香港司令長官の演説は、メディアを通じて全世界に流された。
 その一部が抜き出され、インターネットを通じて中国国内にも拡散していった。
いくらネット警察がブラックアウトさせて取り締まろうとしても、どこからかそれは現われ、ネットではなくオフラインにおいて、人から人を通じて口づてに、口から耳へと人々の間を流れてゆくことを止めることはできなかったのである。
 人々が自分の思いをつなげ、その熱情を相手の心に吹き込み、拡散から浸透の無限連鎖へ波及していったのだった。

 それは、人民解放軍の中に深刻な亀裂を生じさせた。
 小さな諍いが瞬く間に拡大し、異なった考えをもつ人々によって、軍の中が四部五裂していった・・・。
 香港を真似た都市国家革命が、中国各地の大都市で勃発していった。

 満州では、瀋陽軍が中心となって、新たなる時代の清王朝が復活していた。
 上海においては、企業家たちが軍人を指揮する形で、新しい形態の武装企業連合国家が成立した。
香港に隣接する深圳においても、天津においても、成都においても、武漢、南京、重慶、青島、洛南、洛陽、淮南、大連、西安、長春・・・。そう全国各地、全中国において、彼の志に共鳴した志士たちが立ちあがり、大きな大きな自由化革命の潮流が動き始めたのである。
 しかし、北京政府、およびその親衛隊たる直轄軍も手をこまねいて見ているだけの筈はなかった。そう、強力な武力弾圧が始まったのである。
 ただ、彼らの強大な力をもってしても、13億もの人々からあふれくる思いを押しとどめることなど到底できなかったのである。当初は優勢に反乱軍を制圧し、都市の治安を回復させていた共産党直轄軍であったが、いずれ大敗北を喫する日からは逃れることはできなかったのだった。

 分水嶺は、成都においておとずれた。
 その第一原因は、共産党直轄軍の兵士の士気が激烈に落ちていたことにある。
 彼らは、自分たちの戦いに大義を見出すことができなくなっていたのである。
 彼らとて故郷に家族があり、地方に友がいる。彼らの心にも、自分たちが名何をしているのかという真実が浸透し始めていて、自分たちの立ち位置に疑問を抱くものが続出し始めていたのである。
 故郷の家族を養うには、生計を得ているこの解放軍という職業は捨てられない。ただ、彼らには、地元の農業と兼業的に志願しているものも数多く、いやほとんどがそうであったゆえに、その層から綻びが出始めたのである。
 それに対して、反乱軍は、負けても負けても、またどこからか集まってきて、あくなき抵抗を継続してくる。直轄軍兵士は、その抵抗勢力の中に、時に自分の地元で見知った顔を見つけてしまうのだ。そんな時、彼らの心の中には、疑問と躊躇が差し込まれ、意欲が激しくそがれてしまうのだった。

「いったい、僕は、何をやっているのだろう?」

 自らの銃弾の先に、幼馴染の姿を目にし、勝利の後にその遺体の前に立ち尽くす彼らは、果てしのない悩乱の中におかれてしまうのだ。そしてそれが臨界点に達した時、彼らは戦闘を放棄し、抵抗軍の中に身を投じてゆくしかなくなってしまったのだった。
 各地で、直轄軍が崩壊し、抵抗勢力の勝利が続き始めた。
 北京に陣取る習近平は、もはや北京政府の直轄地のみが残された唯一の陣地であり、彼の出身地である南部地域さえ、もはや自分の意思は届かなくないことを実感する。

 完全なる敗北である。

 彼は、今、自分が領袖を務めるこの北京政府においても、もはや命運が尽きたことを悟っていた。
 すなわち、北京政府が、この分裂した革命政府諸国の中で生き続けてゆくためには、彼自身の首を生贄として差し出す以外に道が残されていないことを確信したのである。

 もはや彼が生き残れる道はただ一つ。
 今や、レームダックとしてお飾りの権力者に座らせられ、生贄として吊るされるであろう直前にある彼の地位において、唯一可能である選択・・・。そう、国家主席によるミサイルテロという前代未聞の決断・・・。
 全世界を恐怖の淵に叩き落とし、再び、残忍さと凄惨さ、そして力が支配し、いかに人間性を捨てられるかが勝負を決する世界として蘇らせるための・・・、彼をして、もはや人間を捨てさせ、悪魔の化身として蘇生させる恐怖のサバト・・・。
 彼は、その最後の引き金を引く決断をする。
 そう、弾道核ミサイルによる世界無差別攻撃である。

 死なばもろともの中に活路を見出す・・・。
 恐怖と混沌が世を覆う中に、大逆転への勝機を生み出すために・・・。
 ただ、そのために、たとえ数千万、数億単位の犠牲者が出ようとも、我が道をゆく覚悟を固めたのである。

「また再び、時がたてば、人間など勝手に増えてくるものだ。一時的なる大量死など何ほどのものか・・・。権力と恐怖による統治、それによる恒久平和のためには、当然支払われる代償というものだ・・・」

 これが、唯物論的なる合理性、裏宇宙の帝王としての結論というものだった。
 彼は、逆らう側近はすべて抹殺し、未だ従い来る部下のみによって核ミサイルのスイッチを独占した。
 追い詰められているがゆえに、一切の躊躇は無い。
 先ずは、海南島近隣に隠されたミサイル基地への発射指令を出す。
 しかし、それはまったくの無反応…。すでに、その地域は、北京政府からは独立して機能するようにシステム改変がなされていたのである。
 習近平は焦る。
 次は、四川省の山中奥地に建造された中国最大の核ミサイル発射基地へのアクセスを試みる。しかし、これも拒否され、微塵たりとも動かない。
 彼に残された選択は、もはや一つしかなかった。
 それは、大陸奥深く、人の住まないゴビ砂漠の奥地に建設された秘密ミサイル基地・・・。これは、人民解放軍の中でさえあまり知る者はいない施設であった。
 アクセスキーを操作する手は震えている。それは怒りと焦り。人がここまで堕ちるかという究極の悪のきわみ・・・。
ピーという警報音とともに、明かに手ごたえが感ぜられた。
 生きていた・・・。ここまでは、まだ、反乱軍の手が及んでいない。
 中国における秘密基地的な扱いを受けてきたこの地域は、革命軍との苛烈なる情報戦争の中においても、いまだ切り崩されていなかったのである。
 すぐの発射へのプロトコールを進める。介在する人間が最小に設定されているこの秘密経路は、いまだすべてが彼の手中にあり、発射へのカウントダウンに到るにはさほど時間はかからなかった。

 彼は振り返る。この地位に到るまで、何人のライバルを失脚させ、命を奪い、闇の中に葬り去ってきたか・・・。
私のこの選択によって、場合によっては億単位の人間が命を失うだろう。しかし、それは目的のための代価として、当然の帰結であるかのようにも感じていた。

 犠牲が多いほど、得られるものも大きい。

 そう、それは真理の一片をあらわしているが、それがすべてではない。その行く先、向かう先が天国か地獄かの判別ができていない点において最大の過ちといえるのだけれども、追い詰められた彼にあっては、それを考える余裕など一切なかったのである。
 
 一縷の勝機に全霊を賭ける。それが、彼の勝利の法則でもあったし、それが彼のすべてでもあった。

 水爆を組み込んだ核ミサイルが炸裂し、全世界が恐怖に震える。
 そして、いかなる報復のカギが引かれるか?
 そのぎりぎりの駆け引きと選択の下に、世界は一時期破滅と死の中におかれることだろう・・・。
 そして、それにいかに立ち向かい、血路を開き、生き残るかということがサバイバルの条件だ・・・。

 そんな意識に思いを集中しつつ、彼は、天安門にある本部中央司令塔の地下奥深くにつくられた最新鋭の核シェルターの入り口へと向かっていた。
 それは、従来の核シェルターなら貫き通せるアメリカの最新鋭技術すら及ばない、地底奥深く数百メートルに建造された核シェルターである。原子力によって駆動されたタイムカプセルのごときこの施設において、コールドスリープ状態で長期生存を可能にするべく計画されたものである。
 何重にも重ねた強靭なる防御壁に守られ、内側からロックされればもはや外からあけることは不能となる。そこに、数人の側近ともに立てこもるのである。
 未曾有の核ミサイル戦争を生き抜き、その後の荒廃せる世界の覇者となることのみを夢見て・・・である。

「しばしの別れか・・・」

 彼は、そう呟いて、地中深くへ向かうエレベーターに乗り込んでいった。

未来科学の平行世界 第4章 大中華合衆国への道 その④

 戦車隊のリーダらしき人物が、砲台上部のキューポラ(軍長展望塔)から上半身をのぞかせて、拡声器で呼びかけてきた。

「国家に反逆する者たちに告ぐ。我が戦車部隊による攻囲は完全に確立された。もはや抵抗は無意味である。すぐに集合状態を解除し、即刻散会することを要求する。叛意を捨て去り、我らが指揮の下に帰順せよ!」

 広場、そして人々が集合し詰めかけている街路、その周囲に屹立する雑居ビルの林。そこには多くの人がいるにもかかわらず、一切の音が消えた静寂に包まれた。
 それほど強くない風の音のみが、やけに耳をついて吹き抜けてゆく。

「どうした! 聞こえんのか! すぐに散会を開始することを命ずる。さもなくば、力づくでも強行しなければならなくなる。よし、あと1分待とう。1分以内に動きが見えなければ、即、実力行使を開始する。さあ、さっさと・・・」

 その声が、その先を告げることはなかった。
 突然の轟音が、ビルの谷間の反響し、その場にいた人々の鼓膜を揺るがした。
 その衝撃は、その場に集った人々の度肝を抜き、いったい何が起きたかまったくわからないまま、人々の心を恐怖に震えあがらせた。

 人々を力で威圧していた戦車が一台、炎に包まれ黒煙をあげていた。
 それは、今の今まで拡声器で大衆を制圧せんとしていた戦車隊の隊長が乗っていた車両だった。その砲台は、跡形も無く崩れ去り、そこにいたはずの司令官の姿は、どこへ吹き飛んでしまったか分からないほどの惨状であった。
 彼の戦車は、完全に沈黙していた。
 一体何が起きたのか?
 それは、彼の背後に位置する戦車から、最短の至近距離で戦車砲の直撃を食らったからであった。
自分の上官である戦車隊司令官を打ち抜いたその戦車から、一人の男が顔を出す。おそらくは、砲撃により消滅した司令官の直属の副官クラスであろうと推定された。その人物は、用意していた拡声器で思いのたけを叫び始めた。

「みんなぁ! 俺たちは、何をやっているんだ! 俺たちは、何のために武装してるんだ! 家族のために、郷土の仲間のために、この国の同胞のために戦っているんではなかったのかぁ? 俺たちは、人民解放軍だ。いったい誰を!何から開放しようとしているんだ? 俺たちは、何に対して戦わなければならないんだ? 今、我々の目の前でデモってる人々は、俺たちが戦わなければならない相手なのかい? 我々の戦車による砲撃で、命を奪わなければならない人たちなのか? この戦車のキャタピラーの下に、肉片とするべき人たちなのか?
 違うだろう! 間違っているだろう! おかしいだろう! 今、俺たちの目の前にいる人たちこそ、俺たちが護らなければならない仲間ではないのか? 俺たちが本当に戦わなければならないのは、俺たちに、俺たちの仲間を殺せと指令を下しているその無慈悲な権力者ではないのか? 真に守るべきものへ銃を向けさせている…、その腐敗した力ではないのか? ひとつになろうとする仲間を仲たがいさせ、分断し、分離させ、分裂させ、意味の無い争乱の中へ導く、その腐った権力のあり方ではないか?
 だから、俺は、あえて、引き金を引いたんだ! 直属の上官に反逆したんだよ! 彼の命を、彼からの指揮命令系統を葬り去ったんだ。
 みんな、自分たちが為さねばならぬことを見誤ってはならない! 自分たちが守るべき正義を見失ってはいけない! 今こそ、いや、今のこの現状にあってこそ、俺たちに指令する命令系統に対して反逆ののろしをあげなければならないんだ!
 間違った指令を下している政府をこそ、転覆させなければならない。そして、それこそが、天の意思でもあるんだよ。
 みんなぁ~、みんな立ち上がろう! 天安門の二の舞など、もうごめんだ。俺たちは間違っていたんだ。間違った歴史を、間違った教育を、間違った忠誠を、今、捨て去り正しくする立場に俺たちは置かれているんだ!
 それを知って欲しい! どうか、気づいて欲しい! 勇気を出して乗り越えてゆくんだ!
 もう一度言う、何が正しいのか、今一度、よくよく考えてくれ。自分は何を守らなければならないのか。何を捨て、何を手にするのか? 今ここで、この場で答を出して欲しい!!」

 彼が、自分の思いのたけを訴えたのは、同胞の戦車部隊の隊員たちに向かってであった。そして、戦車部隊には混沌がおとずれた。
 ある戦車のキューポラが開き、中から若い兵士が顔を出し叫んだ。

「そうだ、僕たちは、家で待ってる家族を守るために武器を取った。それは、ここにいる人たちも同じなんだよ。みんな、僕たちの家族だ! 僕たちは、家族の、仲間の、同胞の命を守るために戦うんだ!」

 次の瞬間、斜め後ろの戦車からの機銃掃射によって、彼の命はついえた。
 ほぼ同時に、その戦車は、真横から戦車砲によって撃ち抜かれ、走行不能となって炎上した。
 中央広場へ向かう各道路を封鎖している戦車隊の中に、炎と幾筋かの煙が上がるのが確認された。散発的に轟音が響き、ビルの谷間にそれが反響する。
 その響きがだんだんとまばらになり、しばしの後、ついに静寂がおとずれた。
 と、ある戦車車両のキューポラが開かれ、一人の人物が、戦車から這い出し砲塔の上に立った。彼は、戦車に装備された拡声器で、この場にかかわるすべての人に届くようにメッセージを発し始めた。

「私は、人民解放軍香港部隊司令長官の譚本宏である。故あって、本作戦に同行していた。この異常事態の中において、私は、本作戦のすべての権限を掌握することに成功した。現時点、現時刻、今この時をもって、香港のすべてが私の指揮下に置かれ、我々の下に掌握されたことを宣言する」

 群衆から、どよめきが起こった。
 それは、何が起きているのか理解できないといった不安の思いに溢れて、この先どうなるのかといった疑念、勝手に物事が進んでいることに対する不安、そして、このまま挽肉のようにミンチにされ圧殺されるのかという恐怖さえ含んで、一種異様な興奮状態となってあたり一面に満ち満ちていた。

 司令官は、ふ~と深いため息をついて、おもむろに口を開いた。

「いやいや、諸君、安心したまえ。私は、君たちを守るということを宣言したんだよ。私たちは、あなた方同胞を守る。私たちは、あなた方の生命を守り抜く。そして、あなた方の主張、要求、そして君たちの理想をこそ熱烈に支援すると言っているんだ!」

 周囲は、一瞬、沈黙に包まれた。
 それは、彼が何を言っているのか理解できないという戸惑いでもあった。
 誰かが口火を切った。う、うお!という音にしかならなかった。
 しかし、その音は、波のように激しく周囲に広がっていった。
 うお~、うわぁ~、ぐお~、ぐわぁ~と・・・。
 その歓声が、地響きのように共鳴しつつ、街を揺るがすようビルの谷間に広がっていった。

「私は、この状況を企図して、この作戦に観戦官として秘密裏に参加した。しかし、それは綿密に計画されてのことだったのだ。そもそもの作戦にあっては、かつて私が所属し、その指揮の下にあった北京政府、そしてその最高意思決定者である習近平たちの判断の下にすべてが遂行されるはずだった。我が同胞の砲弾の前に一番最初に消滅した司令官は、習近平の指令に忠実に従い、人民解放軍の指揮命令系統に忠誠を尽くし、思想無き軍属として、ただ己の使命を全うするはずであったのだろう。彼らの指令に従うならば、あなた方は彼の指揮する戦車に踏み潰され、反抗する生命はすべて粛清されるはずだった・・・。しかし、それは、この国の未来にとって真に望むべきことなのか? 今の秩序を維持することが、真に私たちを幸福に導くのか? 否、違う! 私はそのように考えたのである。彼らに従うならば、自由と民主主義の未来は滅ぼされ、再び暗黒の政治がこの国を支配することになるだろう。私は、その未来を断固拒否することを決意したのだ! そのくびきを、私は新しい同志たちと共に粉砕することを決意したのである!」

 轟音が鳴り響いた。それは、砲撃ではなかった。まぎれもなく人の声であったが、それは戦車砲の衝撃をも吹き飛ばすごとき人間の発する魂の咆哮だった。
 しばらく息をついて、人々の気持ちが落ち着くのを待って、譚は言葉を続けていった。

「そもそも軍属は、思想など持ってはならない、いや持つべきでは無いという意見がある。軍隊は厳格なる指揮命令系統に基づいて、粛々と任務を全うすることこそが求められ、そこに思想性などという不純物を混じり込ませ、指揮命令を混乱、あるいはそれを遅延させることこそが悪であり、厳重に処断されるべき重罪と考えられていた。しかし、軍人とてひとりの人間である。命あり、心をもった人間なのだ。信じる価値観があり、徳を重んじ、より尊敬される人間にならんと努力する一個の人間であることには変わりはないのだ。そして、部隊を率い、数多くの部下の命をあずかる指揮官であればあるほど、その思いは強くなると言わざるを得ないのである!」

 歓声は一瞬にして静まり、皆が彼の話に聞き入る。

「軍人にも心は存在する。当然である。今受けている指令が、我らが今遂行せんとする命令が、神に誓って正しいものであるか? 天意に則って正当なものなのか? それを判断することは、我々に与えられた権利と信ずるものである。そして、その結果、我らに下されたその命令が、天に誓って間違っていると判断されたのであれば、我々に与えられた選択はたった一つ・・・。それは・・・、そう、それは、反旗をひるがえせと! 天に代わっ逆賊を撃てと! たとえそれが王であったとしても、ひるむことなく粉砕せよと! それが、我々に与えられた最後のミッションなのである」

 周囲から、どっと歓声が上がった。拍手も聞こえる。皆が、彼の宣言に感動していた。
 心が震えた。彼の真摯さに、彼の純粋さに、そして彼の真剣さに・・・。
 同じ人間として心が揺り動かされたのである。

「現政府、共産党の独裁は、天意に反するものである。愛の神でもあられる天帝は、私に正義をなせと命じられたのだ。そして、私と心を同じくする仲間が、今回の決起に参集してくれたのだ。我らの決起に関する情報が事前にリークする可能性は充分にあった。しかし、そのリスクを受け入れない限り、同志を募ることなど不可能だ。しかし、それが上層部に漏れることは一切なかったのである。どうしてだと思うかね? そうだよ、それほどまでに、今の政治が腐りきっていたということなのだよ。私たちも声をかけるべき人間は心得ている。しかし、声をかけた人間は、すべて我々の志に共感し、事を為す道を選んでくれたのだ。こうして国家の汚れを浄化することが、我らの新しい任務となったのだよ」

 彼は、少し間をおいて、周囲の反応を感じ取ろうとしていた。
 皆が何を感じたのか? 何を思ったのか? それを受け止めようとしたのである。
 自分の言葉が、周囲の人の心に深くうがち入っている・・・。それを確信し、彼は、最後に言わなければならないこと告げるべきだと決した。
 彼は、それを述べ始めた。

「この場に集いたる皆よ、よく聞くのだ! 我らがこの新しい部隊は、今より、あなた方の盾となり、矛となる。そして、この香港都市は、一時的にではあるが独立国として、武装した自治都市として、共産党中国の政府から離脱することを宣言する!」

 彼がそういうのと同時に、今までデモ隊を攻囲するように都市の中心に向いていた戦車が、その方向を反転させ、砲台を中空へすえ中国全土に向かって身構えたのである。
 それはまるで、デモ隊として参集した人々とその都市全体を外敵から守らんとするようにである。その姿は、新しい時代の到来を指し示すためにはこの上ない絵柄となって人々の目に飛び込み、すべての人の心の中に強烈に焼きつけられたのであった。
 彼は、その思いが人々の心に染み入ってゆくのを待つために、しばし沈黙の時を取った。
 そして、再び語り始めた。

「しかし、これだけは確認しておきたい。私たちの理想は、この香港が独立国として分離独立し、台湾の如き国家として自立してゆくことを目指すものではないということだ。どうか、我らの歴史を振り返ってほしい。かつて、この中国を支配したのは、幾多の争いを制して勝者となった王朝だったと思う。あるいは、いくつかの強国が相争い、戦乱と覇権争いの中に生まれたひと時の均衡の中に、分割統治として存在した。今の共産党中国でさえ、清王朝を追い払い、国民党政府との抗争を競り勝った共産党が覇権をとって誕生した国ではないか!
 蒋介石を台湾に押し込め、財閥である華僑たちをアジア各国へ追放し、強大なる軍事力によって成立した農民国家ということだろう。しかし、それは、力による闘争、武力による戦い、権謀術数の果てにある勝利の結果として得られた覇権であり、最高の理想というべきものではないのである!
 我々は、新たな覇権国家を目指すものではない。また、小国乱立状態での分割統治、分裂国家として均衡状態を目指しているわけでもないのだ。
 私は、この中国の家族や同志を心から愛すると共に、この中華文明としての中国を、多様なる民族が、数千年の歴史を刻んで創りあげてきたこの大陸文化を、心から愛しているのである。それゆえに我が理想は、香港は香港としての独自の歴史と文化を保ったまま新たなる自由都市として、新生した中国の一部として繁栄を継続してゆく未来なのである。
 そして、それは、かつて清であった地域が、その歴史と民俗の理想に基づいてひとつの国として共に繁栄を見出してゆけるがごとく、かつて魏であった地域が、あるいは呉であった地域が、蜀であった地域が、その独自性、独自文化に基づいて繁栄しつつ、大中華としてのアイデンティティの下に統合国家を形成してゆく道なのである。私は、それこそが求めるべき新しき理想だと思うのである。そして、それに加わるべく、トルキスタンが、チベットが、そしてかつて元であった蒙古が、こぞって参加を希望してくるような素晴らしい合衆国・諸国連合国家をこそ形成したいと思うのである。
 繰り返すが、私は、香港を単なる独立国家として成立させるべく決起したのではない。その理想はもっと大きく、遥かなるものである。私が目指しているのは、新たなる中華人民国家である。
 民族が民族として独立自治しながらも、大中華合衆国として、アジアの大国としての道を歩む未来をこそつくり出したいと思うのである。
 武力による制圧と支配などではなく、徳による統治、議会による民主的自治、そして自由と夢の実現を求めて人々が中華連合国家への参入が心から望む世界をこそ目指したいと思うのである。
 我々の決起は、その遠大なる理想に向けた第一歩なのである。その目的達成の道のりにおいて、おそらくは数多くの同志が、数多くの仲間が、そしてこの私さえも命を失うことになるやも知れぬ。しかし、それは本望である。それをこそ、私は望むものである。心からな!
 どうだ、我らと共に、新たな世界への第一歩を踏み出そうではないか! 共にゆかん、自由の世界へ! 万民でつくりあげる大繁栄の世界へ!
 そして、万民が、万民の理想を求めつつ共生できる新たな理想国家建設への大望に、どうだ、皆で踏み出してゆこうではないかぁ!!」

 一帯は興奮のるつぼと化した。
 絶望の淵にあったすべての人に、まったく思いもよらない未来が提示されたのである。
 香港が、人民解放軍99式戦車部隊に守られた武装都市国家として、この瞬間に成立したのである。
 それは、習近平が本気を出して進軍してくるならばひとたまりもなく、あるいは、一発のミサイル攻撃であってさえ一瞬にして瓦解するに違いない貧弱な反乱であった。それにもかかわらず、彼らには、無限の力をもった神の砦のごとく思えたのである。

 そう、彼らにはそう思えたのである・・・。
 希望の光、革命のシンボル、そして、天使の砦・・・。

 すべての人々と天命をも背負い、彼らは勇敢に踏み出していったのである。

未来科学の平行世界 第4章 大中華合衆国への道 その③

 香港は、長年イギリスの植民地として支配されてきたが、ひとつ幸いだったことがある。
 それは、イギリスの統治下にあっては、自由市場経済が浸透していて、資本主義の精神が根付いたことである。

 自由市場は、モノやサービスに対して、購入者がお札の形に変えて票を投じることにも似ている。
 より良いサービスや購入者が是非とも手にいれたい商品には、人々が貨幣の形に変えて投票を行うのである。
 よって、人々にとって有益なるものを提供する人には、より多くの貨幣(票)が集まり、繁栄・繁盛がもたらされるのだ。すなわち、自由市場経済の発展は、民主主義の発展と軌を一にするということがいえるのだ。

 ゆえに、中国に放たれた自由の風は香港から始まった。
 そして、上海や南京などの臨海南部商都を中心に広がってゆき、自由主義革命の嵐として中国全土へと吹き渡ってゆくことになったのである。

 最初は、表現の自由と政治参加の自由を確立するための政治運動から口火が切られていった。
 表現が自由であることは、思想・信条の自由に基づいた具体的な行動価値ということができる。
 自分の思想を言葉として発することが、何ものにも抑圧されることがないということは、政府への批判も自由であるし、自分たちの権利を要求するのも自由なはずである。
 政府や権力者などの顔色をうかがい、その政策や方針に逆らわないように、政府決定の下にある枠組みの内においてのみ言論を発することが許され、その制約な中においてのみ議論をすることが可とされ、さらに結社をつくって活動することが許可される・・・。
 政府のつくった檻の中でしか表現することが許されないのでは、自由は無いといえるだろう。
 自由市場の下に、より多くの人々に幸福をもたらさんという意欲がある人は、新しい発想、新たな発明、奇想天外な工夫などを開発し、それを多くの人に発信する。
 自らが生み出した価値の真価を問う行為をなそうと、また自由に活動を始めるのである。
 それは、その行為を妨げるものへの批判となり、衝突となり、具体的な相克となってゆくこともある。政治権力が課してくる枠組みを、あらゆる不当な制約を撃破し、いかなる困難をも打ち砕き、本物の自由を実現しようとするものなのだ。

 かねてより、民主化を求める人々が、一党独裁政治を緩める意思のない共産党に対して、開かれた議会による議会制政治を求めてきた。
 それは、政治参加の自由を求める集会として、香港を皮切りに中国各地の主要都市へと伝播・拡散して、大きく広がってゆく気配を見せ始めていた。

 当然、習近平は、人民解放軍に集会の解散指令を出した。
 それは、場合によっては手段を選ばぬ武力行使、有無を言わせぬ抹殺と弾圧の許可をも包含してのものだった。
 かつて、自由化・民主化を求めた天安門における集会は、人民解放軍の戦車隊によって蹂躙され、多くの人間が戦車によって踏み潰され、圧殺され、その若い命を失った。自由を心から求める人々の命と共に、自由化の希望は壊滅するに至った。そして、共産党の政治的指導に反しない範囲での自由以外は、一切認められなくなってしまった。
 それが、当時の政治的主導者である鄧小平が、あくまでも貫いた、治国の精神だったということなのだ。

 今回も、そうなるはずと思われていた。
 習近平は、自分の掌握する権力とそれによる統帥の指揮系統は、未だ万全であると信じていた。
 しかし、現実は、違った方向へと事物は流れていたのである。

 香港の中環、金鐘、銅鑼湾、旺角などの繁華街において、自由な選挙と人々の開かれた議会の開催を求めた人々が、平和的な座り込みによる抗議の形でもって、町の一角の占拠を続けていた。
 それに対して、主として警官隊が対応にあたり、集会の中止と即時解散を求めての小さな衝突がおき始めていた。
 自由を訴える人々は、こん棒やナイフすら携行していなかった。
 そのように、まったく無防備な彼らに対して、警官隊は威嚇発砲をし、さらには、集団の中に催涙弾を打ち込んだ。
 いったん逃げざるを得なかった彼らであるが、防毒マスクやゴーグルで身を固め、また少しずつ参集を開始し始めた。中には、簡単なガーゼマスクや、安全メガネ、雨傘程度の軽装で集ってくる者が続出した。
 その対応に、やがて武装警官も手を焼き始めただった。


「警官隊の皆さん。警官隊の皆さん。どうか聞いてください。私たちは、自由を求めているだけなんです。思想・表現の自由を求めているだけなんです。人として、尊厳ある人生を歩みたい!と、そう訴えているだけなんですよ。あなた方は、何を守ることを使命としているんですか? あなた方は、何のために存在しているんですか? 私たちは、排除されるべき悪なんですか? 犯罪者なんですか? 私たちを排除することで、いったい何が守れるというんですか? 私たちが、いったいどんな罪を犯しているというんですか? 私の言っていることの、何が間違っているんですか?」

 拡声器を持ったリーダらしき若者が、声を張り上げて警官隊に問いかけていた。

「私たちは、法を破ろうとしているのではありません。犯罪をしているわけでもありません。私たちは、銃火器などの武力によって正義を押し通したいのでもありません。ましてや、国を転覆させたいわけでもないんです。私たちは、人間ひとりひとりの考えを大切にし、ひとりひとりの思いをくみ取っていけるような政治を目指したいといっているんです。自自分の意見を自由に述べることができ、公開された場で、議論を尽くして最善の方法を模索する。そのような開かれた議会制民主主義の力でもって、国も、国民も、その未来も、すべてを多くの人の力でもって創りあげてゆくような世界を開きたいんです! 今のような、共産党の一党独裁、それも、ごく一部の権力者による独裁政治にこそストップをかけて、開かれた議会の中で、万人の創意を集める繁栄主義、そう、本物の民主主義をこの国に持ち来たらせたいだけなんです!」

 彼の心からの訴えに、警官隊の動きは止まる。
 彼の言葉に、繁華街に集まった人々の耳が釘付けになっている。

「私たちが住んでいる今のこの体制はどうですか? 不正と悪徳が蔓延り、皆が自分の利権を守ることにのみ心を砕いている。汚職と賄賂がいっこうにおさまらず、それへの取り締まりさえ、飽くなき権力闘争、共産党内の権力争いの道具にされてしまっているじゃないですか! 私は、そんな世の中をこそ、変えなければならないと思うんです! どうですか? 違いますか? ねえ、警察の皆さぁ~ん!」

 彼の渾身の叫びに、武装警官の目が泳ぐ。
 その様子を見守る都市の住民たちにも、新しい意識が芽生えていた。
 彼らの座り込みに合流してくる人々も現れ、彼の心からの叫びに、拍手や声援がおき始めたのである。

「そうだー! 警官隊! お前たちは何を守ろうとしているんだー!」

「君たちが守るのは、私たち一般の国民、いや、自分の家族じゃあないのかぁ!」

「お前らも家に帰ったら、子供たちが待っているんだろう? その子たちを本当に幸せにするのは、どっちなんだー!」

「そうだー! 彼らは、今の政府を潰したいっていってるんじゃないぞー! 違った意見を持った勢力が、話し合ってより良い世界をつくるための議論の場を与えて欲しいって言っているだけじゃあないか―! 今の政府が変わらないからこそ変革したい! 変えるためのその場を与えて欲しい! そう言ってるだけだろー! そのどこが悪い! お前たちは、何を取り締まろうとしているんだー!」

「そうだ、そうだー! このままじゃあ、永遠に今の状態が続くだけだぁ! 今、変えなければ、永遠に変わらないぞぉー! このままでは、永遠の停滞と、閉塞して窒息しそうな世の中がが続くだけだぁ~!」

「共産党の幹部が、どれだけ利権を得ているか、知っているかー! 賄賂でしこたま稼いだその資産を、なんと海外に流出させて、もしもの時の逃亡資金として隠している奴らもいるって聞いたぞぉ! それが、正義なのかぁ? それが、この国の政治を動かしている統治者なのかー! そんなやつらの特権を守り、やつらの利権を維持するために、君たちは秩序を守ろうというのかぁー! そんなもん、守る価値があると本当に思うのかぁ!」

 初めに声を張り上げた人間ではなく、周囲に集った人々の中から、どんどん大きな声があがってくる。
 中には、そばにいるデモ参加者の拡声器を奪い取って、声高に叫び始める者も現れた。
 武装警官たちは、戦闘モードで構えてはいるが、それ以上びくとも動けなくなっていた。もはや誰を取りおさえれば良いのか、分からなくなっていたからである。
 集会のリーダが、皆の声援や応援にこたえる。

「僕らは、今の政府が腐っているんだと思います。政府の運営が間違っているんですよぉ。でも、そんな政府であっても、僕たちの国の政府であることには変わりありません。だからこそ、訴えているんです。だからこそ、こんな行動に出ているんです。どうか、私たちに、意見を言う場を与えて欲しい! 私たちに、より良い提案ができる場を与えていただきたいんですよぉって・・・! 衆知を集めて、もっともっと良い国つくってゆくために、その議論をする場を与えて欲しいんです。どうか私たちの願い、私たちすべての国民に、積極的に政治参加できる”自由”を認めていただきたいんですよぉ!!」

 ドドドドドォっと、歓声とどよめきが周囲を包んだ。その力に、警官隊の力が一気に抜け落ちてしまった。
 そう、勝負ありだった・・・。
 デモ参加者の集団には、歓喜が充ちあふれた。

 うったえれば分かってもらえるんだ。
 伝えようとすれば、きちんと伝わるんだ。
 人として、仏性をもっている生命として、人は信じるに値する素晴らしい存在なんだ!

 そんな喜びに満たされ、彼らの顔に、笑顔が満ちた。
 が、次の瞬間、彼らは微細なる振動と微かなる金属音が感ぜられた。
 それは、香港監督省が事態を重くみて、中央政府に派遣要請し、その結果、進軍してきたものであった。

 繁華街のビルの谷間に、人民解放軍の地上戦車部隊が進撃する音が響き始めた。
 しばらくして、太い砲塔を誇示した戦車が道路をふさぐように、三列縦隊で直進してくるのが見えた。
 砲の横にある二つの赤い星が特徴的なその戦車が、緩やかな速度でじりじりと進んでくる。
 その姿は、圧倒的な威圧感によって、群衆と警官隊の両者を目に見えない圧力によって押さえ込もうとしているかのようであった。

 戦車隊は、あらゆるルートから攻囲するように距離を狭めてきた。
 さらに速度を緩めて、じりじりと距離を詰めてくる。
 そして、道路をふさぐように進軍を止めた。
 これによって、中央市街地に結集していた人々は、デモ隊をはじめ、それに加担した民間人のすべてが、そして、周囲のビルで野次馬のように推移をただ見守っていた人々であってさえ、もはや逃げ場が無いように封じ込められる形となってしまったのである。

 自分たちとは充分な距離があるように見えるが、それはあくまでも彼らの射程範囲内であって、自分たちの命が、すでに彼らの手によって、一方的に握られていることを感じさせる充分なものであったのである。
プロフィール

青の錬金術師

Author:青の錬金術師
ご訪問くださり、まことにありがとうございます。
このブログでは、幸福の科学の信者として、エル・カンターレ文明建設に資するべく、様々な新しい視点や発見などを提供してゆきたいと考えています。
私といたしましては、科学と宗教を融合してゆくユニークなサイトにしたいと志しています。

御愛好のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
1962年生まれの薬剤師です。

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