2008-10

金融危機の回避法

誰がリスクを取るか?
それが、解決法だと言った。
そう、解決は、それしかないのだ。

アメリカ政府が、国庫から巨額の資金を突っ込んでも、そのリスクを取ろうと決断した。
その法律の可決を、議会にはかった。
それを聞いたアメリカの庶民が、デモ行動を起こした。

「我々は、どれだけ政府へお金を出さば良いのか?」
「それは、私たち労働者からの富める者への資金の移転だ」


と訴えた。
アメリカ議会の議員たちは、世論の勢いに押され法案の否決に回った。
そして、777ドルの株価の暴落が起こった。

国家のリスク引き取りを拒否した庶民に、
そのリスクの責務が返された。
おそらく、拒否できない形で、私たちの身に降りかかってくるだろう。
ブッシュは、再度、法案の可決を要請した。

ポケットから少しのドルが消えるのを惜しむことで、あなたの未来が消えてゆくという意味を含めて・・・

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リーマンブラザーズ破綻3 金融危機回避の方法

結局、デフォルト宣言が発動されることは無かった。
当時の最大の危機、累積債務国発世界恐慌の恐怖は、かろうじて回避された。
それは、南米の債務国がきちんと借金を支払えうように努力を始めたからか?
それは違う。
やはり、利払いさえままならない危機的状況であったことには変わり無い。

それでは、どのようにしてこの危機を回避したのだろうか?
実は、それが、今回の金融危機の主役である“サブプライムローン”に深くかかわっているのである。

彼らの持っているそういった債務不履行寸前の不良債権を”いかに扱うべきか?”といった問題。
その難問を悩み抜いたところから、新しい手段が発明されたのである。
それが、現在も金融商品開発の最大の手法としてメジャー中のメジャーでもある“証券化”というテクニックである。

それはどういうものなのか?
国家であってさえとても返せないような借金を一時棚上げする手法として開発されたのが、この分野の金融商品と考えられる。
つまり、こうである。
デフォルトに至る最大の原因は、その大きすぎる借金総額である。
借金総額が巨大ゆえに、返済する利子さえ極めて大きな額になって、ついには返済額が利払いにさえ追い付けなくなってしまう。
そうなった場合、もうやる気もなにも失せてしまい、もはやこれまでということで債務履行を放棄するしかない。
その宣言を行うのが、デフォルト宣言である。

個人で言えば、破産しかない状況。
「もう返済なんかしない!」と借金を踏み倒すことを宣言する
もし、これをやられると、債権は紙くずになる。
信用は崩壊し、取引は激減する。
大不況がおとずれて、場合によってはそれが世界恐慌突入へのきっかけとなる可能性すらある。

だから、債権者はこう言う処置を取る。

私たちは、貴方の命が欲しいといっているわけではない。
きちんとした返済を望んでいるということだ。
私が預かっているお金は、私個人のものではない。
多くの預金者や資産信託者の資産を預かって、それを利殖しようとしているのだ。
それが消え去るのは、何としても阻止したい。
だから、最悪の状況を回避するために、債務者である私たちも利子をあきらめよう。
また、支払い可能なところまでダウンさせて再スケジューリングをしてあげよう。
そして、私たちは、債権を“証券”の形に変えてハイリスク証券として売りに出したい。
場合によっては紙くずになりかねないというリスクの高さが、かえって高利をつける根拠になるのだからね。
世の中には奇特な資産家がいる。そういった人々の中に、おそらく買い手が着くことだろう。
絶妙の手段だということが出来るのではないだろうか?

このように、多くの人々の知恵と善意を結集させることによって、中南米諸国の債務不履行から発するドルの紙屑化といった最悪のシナリオは回避されて行った。

そして、今回の危機の原因であるサブプライムローン問題では、返済能力が無い、あるいは、返済する意思なんかまったく無い人間が住宅ローンを組み、それに対して高利回りの証券化が行われた。
レバレッジでそれが大きく拡大された。
さらに、優良債権の一部にさえ、付属物として付けまわされた。まるで、メラミン入り牛乳のように…
そんな馬鹿な!!としか言いようが無い。

誰がリスクを取るのか?ということが、今後の未来を決定する。

続く

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リーマンブラザーズ破綻 2 : 愛と幻想の…

もう二十年ぐらい前になりますか、村上龍による「愛と幻想のファシズム」という小説が書かれました。
 それは、メキシコやブラジルといった開発途上国が抱えていた極めて巨額な債務を、その当事国が返済不履行宣言−いわゆるデフォルト宣言ですが−を発動し、それが元になって世界大恐慌の引き金が引かれ、あらゆるものの信用が崩壊し、人心が荒廃し、倫理観が消え去った世界の中で、新たなファシズムがこの日本の中に誕生し勢力を拡大してゆくといった内容であったと記憶しています。

それは、ある種の偏向した価値観−ドラッガー教授が警告した偽カリスマ−により導き出される妄想ではあったのですが、今の経済小説の走りでもあり、非常に衝撃的な内容であったということが深く記憶に残っています。
小説の中で、トウジというファシズムリーダーが把持していた価値観は、強烈な“弱肉強食”の世界観でした。
「強ければ生き、弱ければ餌となる」であり、現代にあらわれた独裁者が、暴力とテロを武器にして支配を拡大してゆく。
それは、恐怖集団のはず?なのですが、内側から見た彼らの姿は、権力の象徴として現れるアメリカや多国籍偉業相手に、たったひとりで戦いを挑む”まれにみる力強いリーダー”であるかのように映るのだから、ここが違った意味で恐ろしい部分でもありました。

世界が恐慌や大不況などで大きく揺さぶりがかけられる時、
たとえ民主主義的にであっても、偽者のリーダーが選出されることがある。
これは、歴史が証明している。

ドラッガー教授が指摘されたように、“悪しきカリスマを恐れよ”ということでもある。

続く

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リーマンブラザーズ破綻

投資信託の恐ろしさを、今、味わっている人がおられるかも知れない。
サブプライムローンの影響で、アメリカの大手の証券会社リーマンブラザーズが経営破綻した。
影響が、だんだんと実経済にまで及んできているが、それがどれほどの被害を及ぼすかは、どれぐらいの“信用破壊”がなされるかによって変わってくる。

もし、多くの人が、
「人間に間違いはつきものだ、完璧な人間なんていない。
間違ったものにうつつを抜かし自分の財産を失ったのは、自らの不徳と考えよう。
今後、こういったことを教訓とし、新しい人生を切り開いて行こう。
そう、私は、本当に得がたい教訓を得たのだ。
もし私が今知ったことを知っていたなら、このような間違った道へなど迷い込むはずが無いではないか!
すべては、自らの不徳の致すところである。
これからしばらくは敗戦処理になりそうだが、見事それを乗りきって再復興を果たし、新しい未来を切り開いて行くぞ!
そして、これからは、今までのように、心を失った金融界に生きるのではなく、
心をもった人間として、富を、人類の幸福を創造するために生かして行くという、人格向上の道の発見に全力を注いで行きたい」
そして、
「もう一度、私から、信用回復に努めてゆこう。
そのためには、まず、自らが、人々を信じ、世界の未来を信じ、そして、私たちを日々導いてくださっておられるであろう神を信じる、信仰の世界へと回帰して行くことである」

そのように考えることが出来たなら、被害は最小限に押さえつつ、
さらにV字回復さえ期待できるであろう。

今現れている問題は、規模こそ違え、日本が苦しんだ住専問題と同じレベルの問題である。
日本の住専処理においては、ふんだんに公的資金がつぎ込まれた。。
それは、金融不安、それに引き続く信用不安を抑制するためで、
マスコミ等の猛反発にもあいながらも、政府は公的救済を断行し、その後の景気回復基調へとつなげていった。
アメリカ政府は、リーマンブラザースに対する公的救済を拒否した。
一部のマスコミは、「民間金融機関の甘えに、政府として一括を与えるものである」と評していた。
でも、良く考えて欲しい。
本当の被害をこうむったのは、リーマンブラザーズやそこで働く社員ではなく、
リーマンブラザーズを信じ、アメリカ経済の高金利を信じ、詳しくは分からないながらも自らの預金を投資信託として拠出していた一般投資家であるということができるのではないだろうか?
中には、自らの老後の蓄えにと、なけなしの資金をリーマンブラザーズというアメリカ大手証券会社に、『その歴史と名前を信じて』託していた方もおられると思う。

公的資金による救済は、一企業を守るためというよりもむしろ、資金拠出者を守るためになされるものであるということを知らなければならない。
彼らがこうむるであろう、“不信感”“不安感”を払拭することこそ、公的資金投入の最大の目的なのである。

ただし、アメリカは、過激な外科手術が大好きな国である。
軍事侵攻なんかは、その典型例といえるだろう。
悪と断定すれば、焼き払ってしまうこともいとわない。
躊躇が無い。
そして、今回も、リーマンブラザーズはぶった切られた。
マスコミの大多数はそう報じるようになった。

外科手術の行く末は、どうなるだろうか?
これは、日本が世紀末において、公的資金をつっこまなかっらなどうなったかという重大なシュミレーションになると思われる。
行く末を見届けたい。

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地球の危機 希望の未来へ!

だから、私は伝えたい。
何も知らず、自らせっかく貯蓄した資産を、無慈悲なヘッジファンドに信託してしまった人々に対して…
「知らなかった、私が預けた預金がそんなことに使われていたなんて…」
「そんなこと、私は関知できなかったことだ。ただ、その人を信頼して資金を信託しただけなんだ。どうして、こんな責めを受けなければならないのか?」

個人投資家の方々は、霊的な恐ろしさを知らなかったから、そういうことができるのであろう。
投資信託というものは、相手を信頼して自分の資産運用を全託する。
おそらく、自分たちの老後の資金を、より安全により大きく運用してくれるところに預けたいと思ったのだろう。それについては、本当に共感するところはある。
しかし、その相手を選んだのは、自らの決断である。
あなたが信仰したのはそういう人であったということ、その罪は誰にあると考えるのか? 
信託をたてたのは、あなた自身ではないのでしょうか! 
つまり、それがあなたの見識であり、あなたの望んだ世界であり、あなたが何を理想としていたのか?という、あなたの全人生をかけた問いかけでもあったということです。
だからこそ、投資相手は、自分自身で慎重に選ばなければならないのである。
あなたが選んだがゆえに、その責任は取らねばならないということだ。

コモディティに投資しているファンド・マネージャーには、「見事私たち期待に応えてくれている」ということなのか?
ファンド・マネージャーには、感謝してもし足りないということか?

個人投資家の大多数は、おそらく悪人ではない、と私は思う。
むしろ、今までまじめに働いてきて、その結果が積み重なって豊かな資産を形成できた。そのような“善人たち”であることだろう。
ファンド・マネージャーも彼らの望みを良く理解し、彼らの資産を大きくしてあげることで、彼らの未来に貢献できたという達成感はあるのかもしれない。
しかし、現状、今の状況を放置することは、こういうことになる。
「個人投資かが得ている利益は、不釣合いに値上がりした食料品や石油製品を購入している全世界の消費者から、システム的にかき集められたものである」
それを、手をこまねいて放置していて良いのであろうか?

個人投資家が、投資信託を通じて、さらなる利益を求めれば求めるほど世界の物価がつり上がる。
そして、それは、「いつか必ず、上昇が限界に達する時期が来る」
それを予言することができるということだ。
この予言は、必ず的中する。
絶対に外れない。
人に必ず死が訪れるように…
満ちた潮が必ず引いてゆくように…

それは何を意味するか?
今組まれているファンドの大前提が崩壊するということだ。
それは、どういうことか?
投資信託が消失し、それに連動していた経済機構が破綻する。
そういう現実が、もう目前に迫って来ているということだ。

おそらく、今まで投資した資産に対して、実勢価値へ向けた戻しが一気に入ってくるだろう。
それは、バブルが崩壊するということであり、あなたの投資に対する、大いなる者からの一喝が与えられるということでもある。
それが、”見えざる神の手”ということだ。

貴方の資産運用は、実は人々の不幸の上に成り立っていたものではなかったのか?
大いなる者からの、あなたへのそういう問いかけであるということだ。

それは、今、アメリカ経済を深刻な状況へと落とし込んでいるサブプライムローン問題をさらにスケールアップした混乱が起きてくるかも知れない。
サブプライムでは、返済能力のない貸し手への債権が、あたかも価値のある証券として拡大評価され過ぎていたことに対して戻しが入った。
そもそも、あの手法は、債務不履行により世界恐慌に至る危機を回避するために編み出された、素晴らしい叡智だったのではなかったのか?
それを、自らの利益のために私物化し、それに対して多くの人が群がって行った。
それが、許されるわけは無いであろう。

今回は、デリバティブ契約の履行性に関する信用が破綻することで、皆が一気に「そんな価値は、幻であった」ということに目覚めるということによって持ち来たらされることになると思っている。
おそらく、市場の恐怖と混乱、資産焼失による不安と絶望が渦巻く世界が訪れるだろう。

さあ、その時に、あなたはどのように対処するのだろうか?
政府を攻撃するのだろうか?
その無策を責め上げ、鬱憤晴らしにせいを出すのであろうか?
自分を騙した?信託先のファンド・マネージャーをあぶり出し、つるし上げることで憂さを晴らすというのだろうか?
自分の理不尽さは棚にあげて、デリバティブ契約を不履行してしまった人々を、非難しつづけるということなのだろうか?

精神的荒廃から、新しき一歩を踏み出して行かなければならない。
西郷隆盛は、明治維新に臨んで、「新しい時代は、破壊と荒廃の中からこそ生み出されてくるものである」と確信していた。
今後来るべきことは、ある意味、新たな価値観が生み出される前の創造的破壊である。
もしかすると、それに付随した戦争、天変地異、新しい病気、そんなものがあるのかもしれない。
しかし、私たちが心せねばならないのは“精神的な荒廃”、“人心の荒廃”がもっとも恐るべきものであるということだ。
目には見えない世界での破壊と崩壊。
心の世界における、絶望と不信。
そして、未来への失望。
心の破壊は、世界の地獄化に通じている。
これらの破壊に対して、いかなるものでもって立ち向かえば良いのであろうか?

そう、結論は一つしかない。
信仰でもって戦うということです。
導きの光は、すでに地上で活動を開始していると信ずるべきです。
そして、不信に対しては、信仰の楔を撃ち込み、
失望に対しては、未来への希望でもって戦わなければならない。
暗黒想念の闇を撃退してゆかなければならない!

どうか、本物の信仰の中に生きてください。
それこそが、危機に満ち溢れた地球に対して私たちが採るべき選択であり、
全人類を救う考え方であると、私は確信しています。

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