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気概ある日本へ漕ぎだそう!!

さて、激動?の2008年も、静かに暮れてゆこうとしています。
除夜の鐘を期待しつつ、この一年のことを考えています。
今、午後9時です。
今年は、世界中で色々なことがあったと思います。
なかでも、アメリカと中国の変化には、目を見張るものがありました。
リーマンブラザーズ破綻に象徴される金融危機に揺さぶられる中、アメリカ大統領として初の黒人大統領のバラク・オバマ氏が来年初頭に就任します。
その流れの中で、アメリカはイラクから撤兵することを決定し、その中心的な意識を国内問題へとシフトしつつあるようです。
中国は、北京オリンピックに先立って四川省大地震に見舞われ、チベット問題、毒入り餃子問題、近代航空母艦建造を宣言するなど、様々な問題点・論点を抱えながらも世界の中を突き進んで行きつつあります。

さあ、来年は、世界にとって良い年であるのでしょうか?
様々な予測がなされつつも、確かなことがひとつだけあります。
それは、“誰も見たことのない未来へ、世界が進みつつある”ということであります。

今まで私たちが見てきたアメリカとは異なってしまうアメリカ。
アメリカが日本化し、日本がアメリカ化しつつあるとも評されています。
ずっと世界の警察を意識して、また、国際基軸通貨であるドルの発行国として、その行動の中に世界のリーダーとしての責任感、あるいは、その義務感を感じさせていたアメリカが、それとは異なった国になりつつある。

そして、近代化して初めて体験する経済発展・高度成長によって、まるで国家が分裂してしまう危機の中にありながら、有効な手を打ち出せていない中国。
国家としての求心力を何に求めれば良いのかが分からず、共産党によるこの世的権力、強大な軍事力による威信によって国家の求心力を維持せざるを得ない唯物論大国。
この国家が、新しい時代の中国の姿を求めて、日本の中にそれを見出そうと努力を開始しているということがはっきりと分かるようになってきました。
しかし、多感な時代に対日・抗日思想を吹き込まれた世代には、それがまるで呪いのように影を落としていて、それをどのように払拭するかが大きな課題になっていると思われます。
また、中国バブル崩壊の懸念も噂されており、軍事的な力を経済的利益に変えようとする力もまた、働きつつあるようにも感ぜられます。
それは、例えば、海底油田のような経済的権益を確保するために、東シナ海に軍事的な覇権を確立しようと、原子力潜水艦配備に加えて新型空母建造によって制海権を取ろうとしている。
そういったことが、現実に流れ聞こえてまいります。

そんななかで、私たちの日本も、今まで通りの考え方を改めてゆかねばならなくなってきています。
国防を、他人まかせ他国まかせでは、もはやどうしようもない状況になってきています。
頼みとするアメリカが、アジアから撤兵することを考え始めています。
「アジアのことはアジアで解決せよ」
それはある意味で正論です。
しかし、そうやってイラクのようにすべてを放棄してしまうことは、現時点においては、中国の覇権主義にアジアをゆだねるもやむなしということで、いかなる選択をするかはアジアを構成する国々の自由の範疇にある、という考え方であるということは間違いありません。
このままでは、日本は、国家として立ちいかなくなってしまうことでしょう。
日本の国としての独立が危ぶまれているということです。
そういった未来が、つい鼻先まで押し寄せてきているということでもあるのです。

いみじくも、現職幕僚長の解任問題によって明らかになってきた日本の防衛問題。
それは、主権国家としての日本のあり方にまで及ぶ、大きな問題になってきています。
現職の自衛官として、このままでは国家の主権を守ることさえままならない。
そういった切実な思いから発せられた直言に対して、その方の国会の証人喚問の場において、次のようなヤジが飛んでいました。
「おい、おい、おい、おい」
それはあたかも、「そんな常識も知らないのか? 勝手な意見ばかり言うなよ! 自分の立場が分かっているのか?」ということを半ば嘲笑するようなものでもありました。
 
しかし、一般大衆の中には、「自分の国ぐらい、自分たちの軍隊で守ろうではないか。そして、守らねばならないのではないか?」という考えが、静かに浸透していきつつあるように思われます。
「憲法で認められていない軍隊のシビリアンコントロールなんていっても、とんだ茶番ではないか! いったいなんなんだ!」という意見も出ています。
まったく、その通りでございますね。

明治以来、日本は天皇を中心にした強力な中央集権国家として発展してきました。
それを支えたのは、自分の生命を国家にささげた優秀な官僚や政治家たちでした。
しかし、アメリカとの覇権戦争である第二次世界大戦に敗れ、その結果、国土は焦土と化し、まさにどん底からの再出発を余儀なくされました。
強力な官僚主導型の国家運営は第二次世界大戦後以降も生き残り、すなわち官僚内閣制と言われるような形で、行政権と立法権が一体となって継続されてまいりました。
戦後の経済復興に集中特化し、護送船団方式と言われながらも現実にこんなにも高度な経済大国をつくりあげることができました。それは素晴らしい成果だということができると思います。
ただし、それは、官僚のみが優秀だった、というわけではなくて、民間企業が近代技術を取り入れて、民間企業の中に優秀な経営者・技術者を誕生させ、すべての国民が日本の復興を中心に協力し合って、グローバル企業と商品群を数多く立ち上げてきたからにほかなりません。
世界市場の中で勝ち抜いてゆけるような製品群、あるいは技術集団を生み出し続けてきたことが、本当に決定的だったと思います。
その結果、日本の国も、本当の意味で民主化を進展することができたのであり、それをプロモートした先輩諸氏の活躍には、深い感謝の意を表したいと思います。

ただ、こと国家の防衛に関しては、かなりの遅れをとってしまった。
主権国家においては、自らの領土と国民を守るために、自衛戦力は持つ権利がありますし、義務さえあると言えるでしょう。この部分を、占領軍によってまさに”骨抜き”にされてしまった。
このままでは、もし他国からの侵攻があったときに、あるいは、平和的な力ではなく軍事的な威嚇力による政治的干渉があったときに、その圧力をはじき返してゆくことができないことは明らかです。
他国から言われるがまま、やられるがまま、仮にもしそうなったなら、それで良いのか?ということですね。
このように考えた時に、自衛戦力をはっきりと持たない国は、
「私たちは主権を奪われても構わない、滅ぼさずに守ってくれる国があるのなら、少々の不自由は我慢します」
と言っているに等しいと思います。
そういった意味で、「日本国は、現状においては半主権国家・半独立国と認定されても仕方ない状態に置かれ続けている」ということができるでしょう。

だからこそ、被占領国として、アメリカからの圧力を多分に含みながら制定された日本国憲法は、もはや改正しなければならない時期が本当にやってきているようなのです。
それも、ほぼ完全改定に近いものでなければ、今の日本の実情にはおそらく合致しないことでしょう。

日本国が主権国家であると主張するならば、領土と国民の生命と国家の財産を護る警察権力としての自衛隊を保持し、それを国家の自由意思に基づいて機能させることができなければなりません。
そういうことは、絶対に必要不可欠なことであり、独立国家としての義務であるとも言えるでしょう。
それで是非考えておかなければならないことは、
「統帥権はいったい誰が責を負い、それを具体的に行使するのか?」
という重大な問題です。

日本の国は、世界的には、“議院内閣制を伴なった立憲君主国”として認知されているようであります。
戦前の大日本国憲法においては、統帥権は明確にされていませんでしたが、憲法的には天皇にあったと見るべきです。
日本国憲法においては、天皇は象徴天皇として国事行為を行うのみです。
それでは、今の日本では議会がその責を負っているということなのでしょうか?

議会というならば、具体的には内閣総理大臣ですね?
つまり、時の内閣を形成する第一党である政党の首長が、一義的にそれを担えば良いということでしょうか?
でも、現実をみるとどうでしょう?
今の国会は分裂し、重要案件の意思決定すらままならないではないですか!
ここで、もし仮に危急の事態が起きたとしても、とてもではないが迅速な対応などぜんぜん期待できません。そして、みすみす事態を悪化させて、もし早期に手を打っておけばそれほどの死者が出なくてもすんだものが、すべてが後手後手に回ったために、お互いに屍累々の事態さえ引き起こされかねない状況を含んでいると見るべきです。
違いますか? そうではないですか?
今の麻生氏と小沢氏のやり取りをみていれば、重要案件が政局問題に振り返られてしまっていますね。
そういった重要案件であればこそ、権力闘争の具に利用されているとみる。
それゆえに、こんな状況では、対中国、対アメリカの重要案件であってさえ、国内権力抗争の道具にされてしまいかねない状況です。

だから、もっと深く考えておかないといけない。
議会が統帥権を担うと言っても、本当に具体的事態が起きてきた時には、おそらく議会自体が機能マヒに陥ることは目に見えているわけであります。
とすれば、誰がその重大な責務を担うのか。
こう考えた時に、危険な軍隊と扱うには、よほど強力なリーダーシップをもった人物に代表していただかざるを得ないでしょう。
つまり、国会で会議をして、論議を尽くして、合議のうえで軍隊を動かしていたのでは、すでに間に合わない、手遅れだということです。
強力な破壊力を持ち、もし使い方を誤れば逆に国家の独立すら危ぶまれる状態に貶められる可能性を持っている軍事力の行使には、強力な理性のコントロールが不可欠です。
それを現実問題として機能させてゆくには、どのようにすればよいのでしょうか?

そこで考えつくのが、大統領制ということなのです。
現在の日本においては、行政権と立法権を国会に集中させて、国会の中の多数党から代表者を選出し首相として、その人物が内閣を組織して行政権を行使している。
そうすることで3権のうち2権が集中するので、ある意味では非常に強大な権力を行使することができ、実践力をもった国家運営法となり得る。
自民党一党独裁に近い状況下においては、まさしくそうでした。
そして、実際に、現実的に機能的な政府として力を得ていたわけであります。
しかし、今のように、価値観の多様化によって多数の政党が乱立し、一党では政権政党として立ちゆかない状況下においては、かなりの支障が生じ始めてきているというわけであります。
国会の過半数を占める多数党からの選出によって行政権力の代表者が選ばれる。
そうすることによって、間接的に民意の多数派が持っている思いが反映されるというアイデアでゆくゆえに、多数党の首長として仲間の議員たちから認知されなくなると、内閣の運営すらできなくなるという困った問題が生じてきます。
つまり、議員村社会の掟のようなものに揺さぶられやすくなり、仲間議員の思いを尊重せざるを得なくなる。
本質的に国民に益あることであっても、仲間議員の支持を取り付けることができなかったら、それを実現することすらできない。
その結果として、逆に民意から離れた国会運営になってしまう、という逆説を含んだものになってしまったのです。

これを大統領制にするとどうなるか?
行政権と立法権を分離することができます。
国家の代表者である大統領は、完全に民意が反映されて選出することができます。
大統領は、議員たちの村社会に左右されず、独立して意思決定ができるようになります。そして、アメリカ大統領のように、強力な軍事統帥権を含めて行政職のトップとして、迅速かつ強力なリーダーシップの下に国家運営をすることが可能となる。
こういったことが考えられというわけであります。

ただ、問題は、大統領制は共和制と対をなすことが多いということにあります。
共和制とは、完全な民主政体であって、国家元首は民衆の中から民主的な手続きを経て選出されます。
だから、共和制と君主制は、ほぼ両立不可能だということです。
ということはどうなるか?
大統領制にするならば、特に統帥権を含めた国家代表としての大統領としての責務を担うためには、今のように、象徴天皇が内閣総理大臣を任命するというようなわけにはいかなくなるのです。

大統領は、民衆の中から、大統領選挙を通じて選出されてきます。
行政権と立法権を分離させるゆえに、議院内閣制的な首相公選論では対応しきれません。
統帥権を担うには、大統領制しかありません。
要するに、「国家の君主や元首と言われるべき代表者を、選挙などの民主的な手法によって選出しよう」という制度であるゆえに、「今後、天皇には、いかなる地位を与えられるべきなのか?」
この部分が重要になってくるということに考え至るというわけであります。

天皇制は、民主主義とは本来相容れないものです。しかし、現在の日本では、過去の文化的遺産として、天皇を象徴的に国民主権の上に乗せることによって両立させています。

この部分が、国民の総意として今後どのように展開するのか、それを見極めてゆかなければならないということができると思います。

メディアを中心として、国政に対する現在の主要論点は、「官僚内閣制から議院内閣制へ」というものが主流をなしていると、私は感じています。
ただ、そういったことで止まっておられる方々には、おそらく統帥権についてのお考えはまだまだ小さいであろうし、また、もしあったとしても現在の自衛隊レベルの軍隊を想定されてのことではないかと思います。
しかし、これからは、日本の自衛隊も軍事研究をなさねばならなくなります。
最新技術を開発し、航空母艦を備え、軍事衛星を持ち、最新鋭の情報機能によってネットワーク化された超ハイテク日本国軍としての様相を強めてゆくと思われるのです。
しかしながら、そういった際に、今の日本政治、そして議院内閣制のあり方では、まさしく自衛隊自体が“手に余る鬼児”となってしまう可能性が大であると言えるのです。

それでは、軍事力を捨てればよいのか?
それは、日本国としての独立を捨てるということに等しいです。
それで、アメリカの新たな州として加えてもらうか? あるいは、中国に恭順の意を表してその属国として生き延びてゆくのか?
そういった、わびしい選択肢になってくると思われます。

それを良しとしないなら、しっかりと現実を見すえなければならない。
日本は、何千年もの伝統ある、また地球の歴史の中でも由緒ある民族であり、比類なき文明国家であるとするならば、あくまでも独立自尊の気概だけは捨て去ってはならない、と考えるのです。
それを死守するためにも、そして、私たちの子孫たちに素晴らしい未来を贈るためにも、今生きている私たちが勇気ある国家改革を成し遂げて、素晴らしい文明国家としてたってゆかなければならないと思うわけであります。

私たちが生きるのは、過去へ向けてではありません。
あくまでも、未来へ!ということであります。
夢あふれる未来へ!
希望の国家へ!
勇気を持って漕ぎ出してゆきたいと考えます。

May the God be with you.

どうか、神と共にあらんことを!


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プロフィール

青の錬金術師

Author:青の錬金術師
ご訪問くださり、まことにありがとうございます。
このブログでは、幸福の科学の信者として、エル・カンターレ文明建設に資するべく、様々な新しい視点や発見などを提供してゆきたいと考えています。
私といたしましては、科学と宗教を融合してゆくユニークなサイトにしたいと志しています。

御愛好のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
1962年生まれの薬剤師です。

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