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学習によって人は変わる 新しい価値を生み出すために…

書店にある様々な書籍の中では、「教育がいかに重要であるか」ということを論じたものが数多く出版されています。

ただ、教育の重要性は、「教育によって人間が根本的に変わってしまう」ということにあると知らなければならないのだと思います。

教育は、人を根本的に変えてしまいます。

教育によって、人は変わることができるのです。

学びによって、人間はそれまでの自分とは違った自分に変わってしまうことができるんです。

別人になれる。

凄いことだと思います。

今まで知らなかった知識を学び、それを実践することによって習得し、知る以前とは全く違った人材へと進化することができる。

新入社員は、初めから仕事なんてできませんよね。

しかし、その仕事を創造し続けてきた社長であるとか、それを支えた幹部社員であるとか、日々の鍛錬で熟達した熟練工であるとか、

そういった、今の仕事を創り、付加価値を生み出し、その結果として利益をあげ続けてきた人たちが、自分たちの仕事の方法、成果の生み出し方、顧客の引きつけ方、それら様々な知的構造物を整理し、企業内において普遍化し、あるいはマニュアルのようなものに変え、それをまだ未熟な雛たちに教えること、教育することによって成果を持続させ、拡大し、再生産することでさらに成長し大きくなってゆく。

その継続的な事業活動の結果が、企業全体を豊かにし、企業としての知名度も向上させ、構成員全員がその果実を享受することが許され、豊かになってゆく。

突出した才能をもった数名の豪傑が“驚異的な成果”を上げて起業を発展させるのではなく、まだ未熟ではあるが将来有望な多くの卵たちが、小さな成果をあげ続けつつ、訓練によって熟達し、その総量によって成果を上げ続けることができるシステム。

それは、研究開発部門をも含み、地道な研究活動によって新たな付加価値を創造し、それを普遍化し、大衆化することで、新たな利益を生み出し続ける過程も含んでいるのです。

このような経営システムを創りあげることが、その成果の総量として、それにかかわる成員のすべてが、豊かな成果を享受できるようになるということに直結しています。

これが、科学的管理法の力であり、マネジメントの力ということではなかったかと思います。

仕事の方法の知恵化。叡智化。要するに知恵の普遍化ということです。

そして、その知恵が、また新たな知恵を生み、その知識が土壌となって、みたこともない知的生産物が生み出し続けられる。

それを多くの人が学び、実践し、自らのものとする。

その過程で、育成され、養成された人材が、より大きな繁栄というものを生み出してゆく。

これが、成功の方法だと、私は理解しています。

仕事が出来る優秀な人材だけを集めて、仕事が出来ない奴をふるいにかけて首を切る。

出来ない奴は、抹殺する。

その結果、生き残った優秀な少数精鋭集団で経営すれば、さぞかし素晴らしい経営ができるだろうか?といえば、実はそうはいかないんだと思います。

これをやってしまうと、経営陣として社長の周りに残るのは、馘首権がある人物の鑑識眼にかなった人材にしかならず、結局は優秀な人材が残るのではなく、その人にとって使いやすい人材だけが残るという結果になります。

さらに、馘首という手段を用いることによって、服従系の力の中に“恐怖”が混入することにもなりますね。

「首にされたくなかったら、言うことを聞け!」という感じに…

「死にたくなかったら、服従せよ!」ということですかね?

そして、最終的にはイエスマンばかりになって、対外的競争に負け続ける組織となってしまいます。

それは、組織全体の敗北としてあらわれてきます。

強い組織は、それを率いるトップにおいても、非常に厳しいふるいがかけられる組織です。

すなわち、組織集団の発展に付随して、トップが落ちこぼれる可能性のある組織です。

その厳しさを良しとしないのなら、あるいは、自分がトップとして残りたいのなら、自分があくまでも社長で居続けたいと思うのなら、“あえて発展を願わない”ことも社長の選択としてはあり得るということなのです。

ただ、会社全体として発展を望むなら、それを支える幹部社員にも、厳しいイノベーションの洗礼が待ち受けているということでもありますし、社長へのふるいさえもあり得る。

そう、企業規模自体が、社長へのふるいになるということでありますね。

発展する組織においては、ただただ頑張る以外にないですし、もし、自分の力量を超えて発展してしまったと自覚したなら、悲しいことではありますが、自分が落ちこぼれてしまったと自覚したなら「出処進退を自分で決する」ということが、トップに求められる潔さであるんだと思います。

企業は、多くの従業員の生活その家族たち、そして、その事業体がサービスを供給する地域の幸福創造にも深くかかわっていますよね。

という意味で、いかなる企業も“公器”であるという自覚は、小さくはあれもっておかなければならないもんなんだなと深く感じることになりました。

雑文ですが、徒然なるままに述べました。
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青の錬金術師

Author:青の錬金術師
ご訪問くださり、まことにありがとうございます。
このブログでは、幸福の科学の信者として、エル・カンターレ文明建設に資するべく、様々な新しい視点や発見などを提供してゆきたいと考えています。
私といたしましては、科学と宗教を融合してゆくユニークなサイトにしたいと志しています。

御愛好のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
1962年生まれの薬剤師です。

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