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所得再分配の正義について ②

国が税金を集める根拠は、どこにあるのでしょうか?

「国家が税を徴収できる根拠は、国民の納税義務と、国家の徴税権にある」

「それは、国民主権に根拠がある」

私は、そのように思っています。

であるならば、税をきちんと納めているという前提で、

「納税者には、国に対して要求する権利が生じ、また、国家には、国民に対して“制度を整える義務”が生ずる」

そういうことなのかな?と考えます。

とすれば、

過不足のない社会保障を享受する権利というものは、国民が有する基本的な権利であり、それに応えるべく充実したサービスを”平等に”提供する義務が、国家の側にあるのだろう。

そして、その果実は、納税額の差によるのではなく、人としての平等の権利として再分配されなければならない。

それが、国家の正義であり、責任だ、という考えになりますね。

本当に、それが国家の第一の責任なのか? (領土、国民、主権が国家の3要素と言われています)

本当にその正義を貫くことが、人類の進歩に資するのか?

それを考えると、複雑な思いにかられます。

それが完全に間違っているわけではないように思われるのですが、何となく片手落ちという感がありますね。

日本独自の固有問題であるかのようにも思われます。

そう、何が抜けているかというと、パイの増大、価値の創造、国家の繁栄と成長、景気浮揚など、

“所得を拡大する”という国の役割、また、国としての日本を守る国防思想。

そして、それをプロモートする国家の機能などがごっそりと抜け落ちていますよね。

まあ、所得再分配についての話なのですから、所得増大の視点が欠け、また国防なんかは想定外になるのは仕方がないのかも知れませんが、今の日本のメディア的には、そのように片方に偏った見方からしか語られていないということは困った問題だと思います。

その両者の実現を介在しているのは、まずは”お金”ということでありましょう。

「所得再分配理論こそが正義であり、国家の役割である」ということを考える際に、この貫徹は、「日本は社会主義国家になる」ということを意味するということを知らなければならないと思います。

今の日本においては、

「社会主義の理想追求こそが正しくて、自由と繁栄に付随する格差を導く世界観は悪である」

「国家が家庭に介入し、”ゆりかごから墓場まで”と総称される社会主義制度を確立あうることこそ、国家の最重要の使命である」

「その、滞りない実現こそが政府の役割である」

そして「それを何としてでも実現せんとする政治が、現在ただ今継続している」

それが、今の民主党政権の基本路線である。

このことについては、前回すでに述べました。


本当に、所得再分配は正義なのか?

今、それを真摯に問い直さなければならないと思います。

今回の税制改革大綱は、この理念に満ち満ちています。

だからこそ、今、大事なことではないかと思います。

富裕課税制度の導入ということが、税制改革大綱におけるまさに中心理念として掲げられているのは明らかです。

富裕者課税制度は、正義にかなっているのか?

本当に、私たち国民を幸せにするものなのか?

それを問うてみなければならないと思います。


個人のお金、それも努力して多くを稼ぎ出している個人の資産を国家にいったん集積し、委託された行政官僚がその資金を使って公的事業を推進する。

集められた公金は、私欲に眩まされない知恵を介在させ、真に公的利益を拡大できる事業へと投入してゆかなければならない。

そこに、行政官僚の優秀性を証明する真骨頂が生ずるはずだ。

そういった公的事業が実施されることによって、国民全員の“所得が拡大する”ということが期待できるはずです。

机上ではこうなるはずなんですが、現実的には上手くいっているようには思えません。

長年の国家経営において、単に国家財政の累積大赤字を生みだしただけとも評されています。

本当にそれが事実か?ということはひとまず保留にしておいて、とりあえず、ここから推定できる
「行政官僚がやる仕事は、“資金を回す”ことが中心にある」ということを良く考察してゆかなければなりません。

「資金を回し、事業に資金を投入した結果、そのほとんどが投入した以下の果実しか結ぶことはなかった」

それでは、単なる浪費に終わります。

「だから、財政赤字下の不況状態が続いているのだ」

そのように評されているということです。

確かなことは、今現在では完全なる持ち出しに過ぎなかったとしても、未来の新事業として将来において展開可能で、莫大な利益を生み出すであろう種の領域へは、大赤字覚悟でもつぎ込んでおかなければならないのですね。

さもなくば、国としての未来が消え失せてしまいます。

そのような投資的資金配分も、官僚の大きな仕事であるということだと思います


つぎ込んだお金が、さらに大きくなって返ってくるか?

それとも単に浪費されて終わりになるのか?

それが、同じ金額を投入するにあっても、最も重要な評価点であるということであります。

そこには、知恵の働きの良否というものが存在するのですが、それについて以下に縷々述べてゆきたいと思います。

例えば、高速道路や本四架橋のような有料道路についてですが、もしそれが民間事業であったならば、借金として集めた建設費は、いずれ回収しなければ事業として継続できないというこはいえるでしょう。

無理に回収しなくたっていいんです。

使いっぱなしであっても、問題は無いんです。

そのメインテナンスや補修費さえ、継続的に全額税金でまかなってもかまわないということはあります。

重大な公益案件であるのだから、建設だけして、後は原則無料で解放するということに、何ら問題はないということだと思います。

それがなぜ可能になるかというと、もともとの税金というものが、対価性を持たない公金として国民から一方的に与えられた資金であるからです。

そう、税を支払っても、納税証明書は借用証明書扱いにならないからでありますね。

国債は借金であるけれども、税は借金ではなく国の収入である。

だから、採算性が無い分野にも、積極果敢に投資してゆくことができるんです。

資金回収が、重要案件ではないからです。

だから、そのような採算がつかない最先端事業や、例えば軍隊や軍艦やジェット戦闘機や爆弾などの軍事なども、成果による資金回収難かを考えてはいけない分野ですね。

新兵器開発には、微妙なところがあります。

軍事目的と民生開発は、コインの裏と表の関係とも評することもできるでしょう。

そういった軍事費は、状況によっては、国庫資産を超えても調達しなければならなくなる場合もあるわけでありますから、税金ではなく国債を発行する、対外債務の頼る場合もあることは、過去の歴史からも明らかであります。

国民生活を犠牲にしてつぎ込んだ軍事費を回収するために、軍事力による威圧によって、他国から利益を計上しようとする国もあり得てしまう。

そんな国は、是非とも中国ぐらいにしてもらいたいものです。


いずれにしても、戦費や武装費用は基本は税金掛け捨てであるということを理解しなければならないし、民間でできないことの最右翼であるゆえ、国家が命に代えても死守してゆかなければならない分野であるということです。


さらに言い進めるならば、戦後の高度成長期の繁栄は、例えば軍艦製造技術の民間転用で得られた優秀な造船技術によるものであり、それが外貨を稼ぎ出したということであります。

また、優秀なゼロ型戦闘機製造技術は、民生家電製品群や自動車産業として、高収益輸出産業として開花していったのではなかった化と思います。

熾烈な国際技術競争に打ち勝って、戦後の復興の大きな力となり、民間の繁栄を創造してくれたのではないでしょうか?

このようなビジョンに基づいた行政部門の頑張りが、税金という資金を真に生かしてゆく道なのではないかと思います。

続く
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青の錬金術師

Author:青の錬金術師
ご訪問くださり、まことにありがとうございます。
このブログでは、幸福の科学の信者として、エル・カンターレ文明建設に資するべく、様々な新しい視点や発見などを提供してゆきたいと考えています。
私といたしましては、科学と宗教を融合してゆくユニークなサイトにしたいと志しています。

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1962年生まれの薬剤師です。

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