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所得再分配の正義について ③

先に述べましたように、国家に税として集積された税金は、公金であるのだから、公的分野で使用されなければなりません。

逆にいえば、公益のために集めた資金は、公益のためなら回収なしで使いきっていいはずだし、本来的にはむしろそうあるべきですよね。

しかし問題なのは、個人の救済について公金を振り向けてゆくことが、本当に正しい行為であるのか?

そこだ!ということです。

そう、医療や介護、生活保護や福祉などには、むしろ振り向けられるべきではないのではないのか?

国家がかかわって個人を公的に救済することが、本当に正しいことなのか?

それが問われるポイントだということなんです。

違う! そこは、個人が個人で守るべき、また、個人が個人として生きるべき道である。

利他の行為は、個人の善意が主役であり、個人こそが活躍すべき場なのである。

そう、医療や介護など社会保障に、むしろ税金は使われるべきでないのではないか?

そのように思い至らねばならないのではないかと思います。


医療や介護の領域は、本来は、個人の責任において、個人が解決してゆかなければならない問題なのです。

「しかし、弱き者は、もし放置されるならば、すぐにでも死んでゆかなければならない存在です。なすすべもなく死にゆく彼らを、私たちは見殺しにしてもよいのだろうか?」

こういった問いが、弱肉強食で勝利した富裕者につきつけられてくる訳です。

「お前たちは、本当にそれでいいと思うか?」

「強さこそが優秀さ有能さの証明というふうに考え、血と汗のにじむ努力で己を磨き、ライバルを打倒してお前たちは勝利の美酒を手に入れた。それはそれで立派なものではあるのだけれども、もしそれで最後の勝者になったと思うあなたたちが、どうだろう? 今ここに、何らなすすべもなく死んでゆく者がいるそれを見てどのように思うのか? その事実に対して、お前たちはどのように考えるのか?」

「力や能力に優れたものが生き残り、そうあらざるものは淘汰される。結果的には、そのようにある方が、人類の進化・発展に資すると考え続けてきたのであろうが、彼らの姿を見てお前たちはどのように感じるのか?」

「競争の中の勝利以外にも、お前たちの理解できない勝利があるようには思わないのだろうか?」

「もし、弱肉強食の論理のみが唯一正しいならば、彼らに生きる値打ちなどないはずだ。消滅して当然ということだろう。ただ、幾度となく、彼らは生まれてくる存在でもある」

「特に、優秀と称される当一家の中に、なぜか障害児が生まれ、水頭症、無脳症の赤子が宿り、お前たちの考え方に揺さぶりをかけている。たまたまの不運、彼らはいち早く消え去るのみが運命だ、そのように考えて、お前たちはそれで了としている。本当にそれで良いのか?」

「彼らの存在の中に、あなたが思う勝利を超えた光があることを見いだせないか?」

「彼らの中には、そういうことを意識して生まれてくるものもあるのだよ?」

「すべてを了解しつつ、その不自由な環境の中で、自らの可能性を試そうとしている」

「それを知ったときに、お前たちが固執している価値観以外の価値があることに思いが向かないか?」

「どう見てもこの世的敗北にしか映らない中に、それを超えた輝きが内包されていることに気がつかないか?」

「ライバルに勝つことや、敵をせん滅することばかり考えているお前たちの中にあって、そんなことに何ら執着もなく、ただただ滅びゆくしかないように見える彼らの姿の中に、自分たちの論理以外の光があるのでは?と思わないか?」

「彼らは、単に弱いのではないんだ! 弱くて惰弱で非生産的と見える中に、彼らは自分の使命を全うしようとしているいるのだ」

「そう、我利我理と自らの利益ばかり求めるお前たちに、真に与えるということがどれ程得難い行為であるかを気付かせるために、彼らのような存在がいてくれるのである」

「お前たちの考え方の不備を悟らせるために、彼らのような存在があるということだ」

そういうことを、真に知らなければならないと思います。


「どうしてもそれが分からないのなら、彼らのために与えてみよ。我執を去り、自らが一方的に与えるという行為の中に、そのさわやかさ、心地よさに、大いなる光があるということを知るべきである」

「その無執着な利他行を為す時に、大いなるものから投げかけられる祝福の光にこそ、お前たちが知らない価値観が含まれているということなのだ」

「それを導いている目に見えぬ者たちがみえないか?」

ということである。

弱者が個人によってではなく、国家によって救済されてしまう中において、ここであげたような“徳”が、”光”が、一切消え去ってしまうのです。

だから、国家が介入することは、極力控えられなければならない。

愛を与えるということは、個人の主観的な思いが最優先されなければならない。

主体的な意思のもとに、その働きが込められてゆかなければならない。

この”主体的個人”をすっ飛ばしてしまうところに、単なる金の移動であるとか、労働の移転であるとか、心なき支援プログラムの形式的遂行であるとか、中にあるはずの中心的精神性が消え去ったあとの“抜け殻”のみになってしまうということなんです。

ここでいう個人とは、個人々ということでもあるが、もう少し広げて、家族、親族、一族、そして隣近所の助け合い、ということまで含まれると思います。

ここが崩壊し壊滅してしまったことに、今の日本の問題の根源があるのではないでしょうか?


農業が経済をけん引していた時代には、氏子と村にかかわる”家”制度が充分に機能していました。

各地域にあった地主のような財閥も、地方自治を担う名士として、充分に機能していました。

その制度の中には、鬱積し、旧い秩序の中に抑圧的になり、近代化を阻んでいるところはあったとは思いますが、そのすべてが間違いであったと、いうわけでもないのではないかと思います。

戦後、その強み、枠組みは破壊され、かわりに戦後の復興を担った企業群が中心的役割を肩代わりしていったのだと思います。

それは、終身雇用の時代でした。

一つの会社に、ひとりの人間の職業人生が完全包含できる時代であったということです。

それも、今は様変わりしてしまいました。

人材は流動化し、終身雇用は崩壊しつつあるのが現代です。

一つの会社で定年まで働くのではなく、各人の段階に応じて、会社を変えていってもよい時代。

それは、人々が会社内の有機的な結びつきを嫌い、合理的・機能的に、旧いしがらみを離れてドライになったということが原因であるかのように思えます。

しかし、そうではないのです。

そのような、唯物論的企業観に飲み込まれてしまったため、という訳でもないのです。

一番の原因は、人やモノの移動、そして情報の通信速度や情報処理速度が格段に向上して、社会のスピードが格段に上がってしまったことにあるように思われます。

その結果、企業の寿命が、一人の人間の社会的生命よりも短くなってしまったのです。

社員はまだまだ働けるのに、事業の寿命が尽きてしまう場合が現れた。

こういった時代的背景がが大きな原因にあると思われます。


会社の構成員である人間がリタイアする前に、会社の命の方が尽きてしまう。

それはとても辛いことであります。

手に技術をもっていても、その技術が陳腐化してしまい、もはや利益を稼ぐ技術として通用しなくなってしまう。

そうなんです、トヨタのごとき比類なき大企業であってさえ、世界的な厳しい企業競争の中で、淘汰の嵐の中に打ち沈んでゆく時代になったているということなんです。

そして、終身雇用、それに付随する社内での部門間異動によるキャリアアップというあり方が、まさしく不確実なものになってしまったということです。

その不確実性は、多大な不安を人々にもたらしました。

その不安感から、人々は、その国家に保障を求めるようになったのです。

そのような国民の共有している不安が大きな力となって、国家に大きな力を与えている。

そのように考えることができるでしょう。

しかし、「それに応えるだけの力が、企業にも国家にも無くなってしまった」ということであるならば、それに代わる何かを見出さなければならないということです。

だからこそ、今ひとりひとりに問われなければならないんです。

先ずは、「医療や介護など社会福祉系のニーズは、国家に求めてはいけない。そうではなく、いったん個人に戻さなくてはならないのだ」

「医療は介護は、本来は個人の仕事。基本的には国家不介入であるべきだ」

「すべからく、自助努力の精神に戻るべし」

これが、ここで私が述べたい結論です。

続く

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青の錬金術師

Author:青の錬金術師
ご訪問くださり、まことにありがとうございます。
このブログでは、幸福の科学の信者として、エル・カンターレ文明建設に資するべく、様々な新しい視点や発見などを提供してゆきたいと考えています。
私といたしましては、科学と宗教を融合してゆくユニークなサイトにしたいと志しています。

御愛好のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
1962年生まれの薬剤師です。

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