FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本国の象徴として、今上天皇陛下に今こそ玉員放送をいただけますことが、今の政治的混乱を解決する最終手段と思います

かつて太平洋戦争の最終局面にあって、本土空襲が連日のごとく遂行され、それに対する日本軍の抵抗力すら失われつつあるにもかかわらず、当時の政治家や軍部にあっては、徹底交戦派の主導により一億層玉砕に向かっていたことが事実であったと思います。

振り上げた拳を、その生命が失われる前におさめてゆくには、開戦にあたって求められる以上の勇気と胆力が必要であるからと思います。

私たち日本国民に、それを可能にさせたものが、昭和天皇が下された“玉音放送”の力であったと思います。

前回のコラムにおいては、たまたま現代語訳してくださっていた方がおられたので、そこから全文を掲載させていただきました。

それに、若干の私見を付け加えておきたいと思います。

当時、陛下が述べられたように、

「そもそも、私たち日本国民が穏やかで安心な暮らしができ、世界全体と繁栄の喜びを共有することは、歴代の天皇が代々受け継いで守ってきた教えであり、私自身もその教えを非常に大事なことと考えてきた」
ということですが、こういった基本的な施政方針は、歴史を貫く日本の伝統というべきものになっていたと思われます。

それは、日本の歴史が証明していることであろうと思います。

「最初に、米英二カ国に宣戦を布告した理由も 日本国の自立とアジアの安定を願う気持ちからであり、他の国の主権を侵したり、その領土を侵したりすることが、私の目指すところであったわけではない」

客観的に見てもその通りであって、ここでは詳細は述べないが、日本は他国を植民地にしたくて開戦に踏み切ったわけではないのです。

「その上、敵は、より残虐な新型爆弾を使用して多くの罪のない者達を殺傷し、その被害の及ぶ範囲は、はかることもできないほどに広がっている。 もしもこれ以上戦争を続ければ、最後には我が日本民族の滅亡にもつながりかねない状況であり、ひいては人類の文明すべてを破壊してしまいかねない」

原爆を人類の頭の上に落とすということは、まさに大量虐殺、ホロコーストであり、もしその力にも屈せず日本国民が徹底抗争を繰り広げたならば、さらなる虐殺が加えられたであろうし、日本の人口は激減し、日本の国の存続にすら影響してしまうことになるだろう。

もし、抵抗が軽視できないものであったなら、さらなる核兵器の使用もあったかもしれない。

そして、人間が灰となって消滅し空白になった土地には、勝者である米国民の移住が始まり、純潔なる日本は失われ、アメリカ文明と混血した新しい文明が始まったことと思われる。

もしそうなったならば、歴史的にその後に引き続いた“朝鮮戦争”の戦場が、日本本土になったであろう可能性が高いのです。

その結果、戦争で荒廃した日本が、南北分割ラインで分断統治されたか、もしくは、朝鮮半島に第3の核爆弾を炸裂させることで、53番目の州としての日本が確立されることになったかもしれないのです。

そしてそれは、私たちが経験したアメリカとソビエトの冷戦構造を根底から変えてしまうものであり、パラレルワールド的に考えれば、凄まじく悲惨な環境の中を私たちは生きざるを得なかったであろう可能性があるということなのです。

であるから、

「そのようなことになれば、私はどのようにして一億の民を守り、歴代天皇の霊に顔向けすることができようか。 これが、私が政府担当者に対し、共同宣言に応じよと指示した理由である」

という言葉の中に横たわってていたものと推察いたします。

「私は、アジアを(西欧列強から)開放するために日本に協力してくれた友好国にたいして大変申し訳なく思う。また日本国民であって、戦地で命を失った者、 職場で命を落とし、悔しくも天命を全うできなかった者、そして、その遺族のことを考えると、心も体も引き裂かれんばかりの思いがする。戦争で傷つき、戦災被害にあって家や仕事を失った者たちの暮らしについても、非常に心配に思っている」

「この後、日本が受けるであろう苦難は言うまでもなく、尋常なものではないであろう。皆さん臣民の悔しい思いも、私はよくよくそれをわかっている。 けれども私は時代の運命の導きにそって、耐え難きを耐え 、忍び難きを忍び 、これからもずっと続いていく未来のために、平和への扉を開きたい」

もはや解説は、不要であるでしょう。

「私は、こうやって日本の国の形を守ることができたのだから、忠誠心が高く善良な臣民の真心を信頼し、常にあなたがた臣民とともにある」

「感情の激するがままに事件を起こしたり、もしくは仲間同士が争って世の中を乱し、そのために道を誤って世界からの信頼を失うようなことは、 もっとも戒めたいことである」

命尽きるまで戦い、日本国民として戦った国民としての意地と、アジアの人々を代表して西洋の非道な植民地政策に対する正義と意思を貫き通したという軍人や政治家たちの使命感を変えるのは、並大抵なことではなかっただろう。

「なんとか国全体が一つとなり、子孫にまでその思いを伝え、神国日本の不滅を信じ、責任はとても重く、行く道は非常に遠いことを覚悟して、将来の建設に向けて総力を結集し、道義を守り、志と規律を強くもって、 日本国の力を最大に発揮することを誓い、世界の先進国に遅れをとらずに進むのだ、という決意をもとうではないか」

そして、その後の日本の奇跡の復興は、既に歴史が証明していることであろう。

「私の臣民達よ、是非ともこの私の意思をよくよく理解してもらいたい」

御名御璽


と結ばれている。

当時の日本の状況は、「徹底構成を続け、原子爆弾や銃火器に対しても、国民一人ひとりが竹やりもって徹底抗戦し、日本国民としての誇りを守りぬく」というものであっただろう。

「命にかえても、この国と、この国の求めてきたものを守りぬく」

ある意味、現実を無視した精神論だけが生きていた時代であったということなのだろう。

しかし、今は違う。

今は物質的には豊かになり、モノがあふれてデフレが問題視される時代にあって、まさに“非武装平和論”花ざかりの現状である。

現実的には、無法者国家の保有する大量かつ凄まじい破壊力の核兵器に恫喝されながら、それが恫喝であるということにも気づかず反原発・脱原発が声高に唱えられている。

そして、下山の思想に誘導されつつも、20年の長きに渡る停滞の中にとどまっている。

今の世論であれば、命を捨てても戦わなければならない状況にあっても、地上的な生命を守るためだけに、自由や、正しさや、国家としての主権ですら放り出しかねない状態にあると思う。

であるからして、

「私たち、心から愛する家族や、共に生きている友人たちの命を守るために、私たちは、耐え難きを耐え、忍びがたきを忍びつつ、ここに、国家の主権を(中国に)委ねようと思う」

などと言い出しかねない現状であるし、それが容易に受け入れられかねない状況にある。

「命を捨てても自由を守りぬく」よりも、「収容所に幽閉されても、地上的生命の存続を優先する」という風潮である。

日本がチベットとなり、陛下がダライラマとなる前に、どうか、国民の心を一つとするようなお言葉を賜りたいと、心から思う次第です。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


非公開コメント

プロフィール

青の錬金術師

Author:青の錬金術師
ご訪問くださり、まことにありがとうございます。
このブログでは、幸福の科学の信者として、エル・カンターレ文明建設に資するべく、様々な新しい視点や発見などを提供してゆきたいと考えています。
私といたしましては、科学と宗教を融合してゆくユニークなサイトにしたいと志しています。

御愛好のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
1962年生まれの薬剤師です。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。