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大統領制について

大統領制について、少し述べたいと思います。

大きな政府から小さな政府への移行にあたって、おそらく採るべき最良の選択が、大統領制なんだと思います。
地方分権の推進は、地方が道州政府として独立自治することにあるでしょうし、多分それで、道州レベルがひとつの国として完結してゆく、つまり、今の日本の政治が分割されて同州政府として機能してゆくことになるんだと思います。

そうなると、道州レベルでは扱えない問題を扱う部署が必要となるわけで、それを考えたうえであらためて、”大統領制”というものがクローズアップされてくるわけであります。
大統領制は、厳格に三権分立の中にあるので、日本の議院内閣制に比べて権力が制約されていると言われています。
議院内閣制では、立法府である議会の中から行政府の長が選ばれるので、本来ならば行政権と立法件が集中された形であり、かなり大きな権力を持っているはずなのです。
ですが、日本の内閣総理大臣とアメリカの大統領を比較すると、絶対に大きな権限がアメリカの大統領にあるように感ぜられます。
それは、いったいなぜなのでしょうか?

それは、パレートの法則に従って、より重要な二割の部分、国政の中で格段に重要であると思われる中枢的な部分について、絶大なる権限が大統領に与えられているからなのです。
例えば、外国との条約を締結する権利。
例えば、世界最強のアメリカ軍の統帥権。
昔の君主か国王、日本で言う藩主や征夷大将軍といった人々が保持していた権限が、大統領には特別に与えられているというわけです。
ただ、そういった強大な権限を持つ大統領職は、世襲でも特権でも何でもなく、完全に民主的に、民衆からの信任によって選出され、三選は許されないという掟があります。

「紫禁城の黄昏」という清朝末期の中国を扱った書籍を読みましたが、これは非常に興味深い歴史書でありました。
中国のラストエンペラー溥儀の側近として王朝に深くかかわった外国人家庭教師である、R.F.ジョンストンという英国人帝師(皇帝付き教師)の手記による史書ですが、これが現代でもなかなか参考になる。
おもしろいです。

中国・清朝の末期においては、欧米諸国からの殖民地化政策と西洋科学文明の流入で、中国も激しい時代変化の波にさらされます。
それは、フランス革命(共和主義)と、共産主義革命(社会主義:マルクス主義)と、明治維新(王政復古)が同時に押し寄せたような、極めて激しい変化の中に置かれたというわけです。
紫禁城内には、皇帝を仰いで執政を担当している宮廷づきの内務府という官僚組織がありますが、それが、清朝の黄昏時においてはひどい逆進性と腐敗組織の様相を示します。
皇帝は、西洋の合理主義を取り入れて、西洋に対抗できるような強い中国への革新を望むのですが、内務府は旧来の王朝流に固執し、自らの存続のみを考える極めて見苦しい利権組織と化してしまう。
皇帝や国民の幸福など眼中にないかの如く、自らの保身のみを自らの使命とするような末期的症状へ…
そして、危険な(自分たちの保身にとってということですが…)変化をもたらしそうな人間があれば、それを徹底的に排除したり、旧態依然としたやり方をいかなる手段を弄しても存続維持しようと画策したり、もし、皇帝の命により、どうしても新しいものをやらなければならなくなったとしても、自らの地位や権益を守ることとしてしか行動できない。
そして、その結局はどうなるかというと、御存知のように中国は西洋の植民地政策によってやりたい放題の状態になり、溥儀は日本の力を借りて満州国を建国するも、結局は、共産党と国民党の抗争の中に巻き込まれ、日本もその中で汚名を押し付けられ、侵略者としての地位を演じざるを得ない状態へと巻き込まれて行ってしまうわけです。
すべては、清朝末期の官僚たちが国家レベルで為すべきことに目をむけずに、小さな自己保身のいさかいに終始したことが、その後のアジアの悲劇として現出してしまったというわけです。
実は、自ら自身をリストラすることが一番採るべき最良の選択であったにもかかわらず、それだけには絶対に思いが向かない。
まことに残念なことでなのですが、それが現代日本の官僚組織に見事なぐらい重なってくる。清朝末期の内務府のありかたと、そっくりそのまま二重写しになってしまう。

この部分は、あえて繰り返し強調しておきます。

省の利益や権限にとらわれ、旧くなった業界の権益構造を死守しようとしてしか動けない。そして、いままでの考えに固執して、新しいものを排除しようとする傾向。
そして、その旧い知識で自縄自縛状態になり、全体として沈没の方向に向かっている。
さらに、自らの行く末が悲観的であるがゆえに、自分の退官後の身の振り方にしか思いが向かず、本当の意味でのやる気や使命感が消失してしまっている。
それが、清朝末期の内務府と瓜二つであるかのように思えるのです。

先ごろ、小沢氏と麻生氏が、国会において施政方針演説合戦をやっていた時期があります。
その時の小沢氏の論点は、「官僚の首を根こそぎ切って小さな政府を実現し、その税金を納税者にお返しします」というものに聞こえました。
まさに、ハカイダーとしての面目躍如といったところですが、私は、その考えとは、かなり距離をおきたいと思っています。なぜならば、その考え方は、私には、ポル・ポト政権による知識階級(つまりテクノクラート)の集団殺戮と同じであるように思えたからです。

近代国家を維持してゆくには、勉強が出来て仕事の処理能力に長けた優秀な官僚は不可欠です。
彼らの緻密さこそが、高度な文明を維持するには不可欠なのです。
ただ、彼らは頭は良いけれど、創造力には欠けるところがあります。
創造的経営者は、一見、馬鹿に見えるところがあるものなんです。
ろくに仕事もせずに遊んでばかりで、外をほっつき歩いているような経営者もいるかも知れませんが、
ただ、彼らは、必死で、次の飯のタネを探しているのは間違いないことなのです。
新しいアイデア、新しい人脈、そして新しい経営戦略。
高度で緻密な事務処理能力と創造的経営能力を兼ね備えた人物は、超一級品人材なのでそうざらにいるわけではありません。
だから、官僚に経営力を求める方が間違っているわけで、政府にできることなんてほんの限られたことでしかないのです。
官僚に対して経済繁栄をプロモートして欲しいなんて求めるのは、人の使い方がわかっていない証拠であるというふうにいうことができるのです。

続く

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